「山川の末に流るる橡殻(とちから)も、
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
山あいの川を下ってきた栃の実は、
中身(実)を捨てたからこそ
川面に浮かんで流れていける。
これは、私欲や執着(身)を捨てて
死に物狂いで取り組めば、
必ず活路(浮かぶ瀬)が見出せるという、
覚悟を促す強い教訓として知られている、
平安時代の和歌です。
剣道に例えるなら、
打たれないようにするのではなく、
打たれる覚悟をして相手と向き合えば、
勝機が見出せるということです。
相手が格下であれば、
わざわざ打たれるリスクを冒さなくても、
打たれないように、
安全に戦っていても勝機があるかもしれません。
しかし、相手が同格以上、格上の場合は、
そう簡単にはいきません。
打たれるリスクを避けていては、
同格以上の相手から
なかなか一本をとることはできないのです。
身を捨てる覚悟をしたときに、
初めて見えてくる活路(勝機)もあります。
その勝機に、
迷わず、疑わず、全身全霊の打突をするのです。
これが捨て身の打突となります。
守ることを捨てるわけですから、
逆に打たれる可能性も高くなります。
だからといって、安全に戦うだけでは、
見出せない勝機もあるのです。
よく勘違いしている人がいますが、
捨て身と無謀は違います。
相手に隙もないのに
闇雲に突っ込むのは無謀です。
隙がないからと諦めてしまうわけでもなく、
闇雲に突っ込むわけでもなく、
一瞬の勝機を探り続けて、
そのときがくるまで我慢して狙い続け、
こことみたら全てを捨てて勝負をかける。
このやるかやられるかギリギリの瀬戸際、
真剣勝負の緊張感も
剣道の醍醐味の一つだと思います。