B型寄りのA型

B型寄りのA型

社会人3年目@かごんま
競技始めて10年目~

Amebaでブログを始めよう!

Happy new year!

明けましておめでとうございまーす!



Met lots of amazing people last year!

去年は素敵な出会いが沢山ありました!



Thanks to all who have supported me close by or from far away, for being my friends, and for believing in me!

応援してくれたみんな、仲良くしてくれたみんな、遠くから見守ってくれたみんな、沢山ありがとさんです!



Lots of love your way.

らびゅらびゅらびゅ~っ




Let's enjoy this year again!

今年もハッピーに楽しんで行きしましょう~!



May this year be even better than last year for you!
みんなにとって、今年が今までで1番良い年になりますよーに!





I got to laze around for the first time in a while so I got to really refreshed.

お正月休みは、久々にぐーたらして過ごしたから、リフレッシュできました。



I have meet sweeeet kitty which is HINA 1years old.

超~かわいい、1歳になった仔猫のヒナにも会えたしね。








Anyway, Have you thought about your new year's resolutions?

ところで、みなさんは新年の抱負とか考えましたか?



I have decided on mine!!

私は決まりましたよ~っ。



Some things I haven't been able to accomplish before and some new ones.

今まで達成できなかったこととか、新しいこととか。



So Marsh and April is meant to be for hard out study English!


なので、34月は英語に没頭する予定!



Time to go hard!!!
頑張りまうす!



Have a good day!

ではよい日を!
























Long time no see...


Today’s my mom’s B.D!

Happy birthday mom!


Love you so much!


Hope you have good year~*


I was surprised when see see before yesterday. 


Is it natural??


----------------------------------------------------------------------

先月、フェースブックとアップルが福利厚生策の一環として、女子社員の卵子凍結費用を最大2万ドル(約200万円)まで補助すると発表しました。


卵子凍結だけじゃなく、不妊治療費の補助もあるみたい。


これ、「人材獲得競争が激化している米IT業界において、優秀な女性を確保するための施策」的に報道されてるけど、別の見方もできるよね。


アメリカでは元々、

・精子バンクもあれば、

・卵子バンクもあるし

・代理母もアリだし、

・親が育てられない子供を引き取る、養子縁組も日本よりよっぽど身近です。


卵子凍結だって今に始まったわけじゃないけど、その費用を大手企業が福利厚生策で負担するとなると、いよいよ出産に関しても”100% under control”の時代に向かいそう。


たとえば、フェースブックやアップルで働いている30代女性が、「早めに子供を産まないと不妊リスクが高まってしまう。

でも今は仕事が面白い。キャリアを中断したくない。

このプロジェクトだけは、なんとかやり遂げたい!」と思った時に、「今は卵子を凍結しておいて、子供を産むのはもうちょっと後に延ばそうかな?お金は会社が出してくれるし」みたいになりそう。


優秀な女性社員が「妊娠は、大事なプロジェクトが終わってからにすればいい」と考え始めれば、人出不足に悩む企業側にとってもメリットがある。


もしかして、だから会社の福利厚生策にするんじゃないの?的にうがって考えてしまいそうになるほど。


★★★


実際のところ、卵子も凍結できる、精子も凍結できる。どっちも買ってこれる。


費用は会社が出してくれる。妊娠と出産は代理母に外注すればいい。


子育てはナニーを雇って・・・ってなったら、出産のタイミングは完全にコントロールできるる。


そうすれば最初から、20代から40代までは仕事、50代から子供を産み育てる、っていう人生プランをたてる人も出てきそうだし、もっといえば、今までは「若い頃はバリバリ働いて、定年後は夫婦で海外旅行でもしてゆったりすごそう」と思ってた人が、「バリバリ働いて、出産と子育ては定年後の楽しみにとっておくわ」なんてことにもなりそう。


もしくは、20代で卵子を保存しておき、いろんな人と付き合ったり結婚した上で、「子供は、父親としてふさわしいと判断出来た男性の精子で生むつもり」的に、人生のパートナー(男性)と精子の持ち主(?)を分離して考える人も出てくるかも。


特にこれからは、遺伝子チェックで将来の病気の可能性まで判断できるわけだから、「彼のコトは愛しているけど、彼の遺伝子はあんまりよくないの。

糖尿病になる可能性が高いのよ。だから、子供は別の人の精子で作るわ」と言い出す人だって、皆無とはいえないでしょ。


「そこまでする?」という声には、「子供の幸せのためなら、母はなんでもできるのよ!」と答えればいいわけで。


もちろん経済力のある女性なら、「精子は買ってくるモノ」という認識が普通となり、ひとりで子供を持つ人も増えそう。


ゲイカップルも、もちろんみんな子持ちになれる。


とはいえ、代理母に関しては、卵子保存や精子売買は全く違う問題も伴うよね。



だって体の中で9ヶ月にわたり子供を育てるのは、それなりにリスクのある行為だから。


ホルモンバランスも変わるし、自分が病気になっても飲めない薬や治療法が出てくる。


出産行為そのものにもリスクがあるし、流産となれば母体にも大きな影響が出る。


アメリカだと代理母を頼むときには、すんごい分厚い契約書を結ぶわけだけど、その中には、「胎児の障害の有無を定期的にこういう方法でチェックすべし」とか、「何週目までは中絶を受け入れるべし」みたいな条項もあるわけでしょ。

自分のおなかの中に(もしくは、愛する妻のおなかの中に)いる胎児に比べて、会ったこともない(遠く離れた途上国にいる)代理母の場合のほうが、中絶の決断も気軽にできそうじゃない?

もっと言えば、別に胎児に障害がなくても、「やっぱ止めた!」的に中絶を依頼する人だって出てくるかも。

「夫の精子と私の(冷凍保存してた)卵子で受精させて、タイの代理母に出産を頼んだんだけど、夫とは離婚することになったからキャンセルプリーズ」みたいな・・・

「よくそんなコトができるね?」という批判に対しては、「問題ないわ。相手だって契約を結ぶ段階で、○週まではキャンセルがありうるって理解してるはず」と答えんのかな。

卵子を冷凍保存し、精子は買ってきて、誰かのおなかで育てて産んでもらう。

自分は卵子を取り出した後は(それだって、もちろんそれなりに大変だとは思いますけど)、契約書に基づいて指示するだけ。

そういう未来はもうそこまで来てる。

あたし達は一体、どこまで自分の人生をコントロールしようとするんだろう。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

私は子供が大好きだし、産むならポコポコ産んじゃいたい(ひとりっこだから子供には兄弟がいさせてあげたい)。

でも、今の環境が環境だから産みたくても産めないわけで。

って、まずは相手探しからなんだけど。

上記のことがこれからふつーになってっちゃったら、すごい利便性あっていいかもしれないけど、命の大切さとかお腹痛めて産んだことによって生まれる愛着だったりとかが薄れて来ちゃいそう。

それってほんとにいいことなのかな?

自分の人生をコントロールすることはとっても大事。

だけど、感情までもコントロールする世の中にはなってほしくないなー。


お久しぶりのブログです
First blog in a while!

みなさん元気にしてるでしょーか?
How are you all doing?

鹿児島もやっと寒くなって来たよー。
It's getting cold in Kago.


昨日はなんだかだるかったり、頭に体がついていけない一日でしたん。
Yesterday I was feeling nauseous and lethargic and my body just couldn't keep up with my head.

あまりにも自分ができない人って感じでへこみそうになっちゃう。
I felt like I was going to end up drowning in inadequacy of self.

けどそんな時にふと思い出したんです。
But then I remembered something. 

神様が「ほら、見て!」って言ってくれていたかのように鹿児島で見せてくれた小っちゃいプレゼント~。
It was if God was saying "see Emiiiiii"". This little present he showed me in Kagoshima.

{34BA8C02-DF52-4281-85EA-975359EF8E1B:01}



キラキラのこの景色。
This twinkling scenery.

気分が乗らない時は、必ずこの場所に来るんだー。
I come to this place without fail when feelings do not get on.

こんなのを見つける確立ってどんなんだろう?
I wonder what the chances are of finding something like this?

私の最高の場所っす。
Here is my best spot.

落ち着きまっす。
I feel better.

そしてもうちょっと散歩しているとあまりにも急な出来事があって思わず大声で叫んじゃった!
And when I kept walking a bit more something happened so quick that gave me a fright and I ended up screaming!

超小さいけど流れ星!
This is so small shooting star!

もちろん写真を撮るひまもなく一瞬で終わったけどwww
Of course I had no time to take a photo because it happened so fast. haha

しかも、住んでる場所の近くの公園のすぐそこでだよ。
And this was even at in the nearby park a really close point.

超びっくりして心臓ばくばくだじぇ!
I was so frightened and my heart beating like crazy!

でもその瞬間超幸せになれましたん。
But in that moment I was overwhelmed with joy

また神様が「ほら~!」って言ってくれてるようで、、、
It was thought God said once again "see emiiii!"....


忙しく駆け回って無いときにこそ見えてくるものってすご-いと思います。
It's amazing what you can see when you're not rushing around crazy busy.

これからもこうやって小さな奇跡に気付ける「余裕」を持ちながら生きて行きたいっす。
I want to be able to live in such a way that makes room for noticing these small miracles in life.


私を支えてくれる人、私を理解してくれる人、それは決して多くはないとおもうけどー…
It does not exist a lot person who supports me and person who understands me…

でも、何人かは必ずいるはず。
but, there are some people sure to exist absolutely.

たくさんの素敵な出会いに感謝しなきゃだ。
I'm so grateful for all the awesome people I got to meet.

peace.xoxo

お久しぶりにupしようと思いますん。



もう、あっちゅーまに9月になりました。夏休みのない今年の夏。
なにか夏らしいこと、したっけな?あ、川に遊び行ったや!


早いもので、2014年ももう2/3が過ぎ、
この1年も残すところあと1/3になってしまいました。


まー、だいたいの人は、「うわっ!もぉっ?」って焦ってしまいますが、
その「焦るだけ」に終わる人が多いのもまた事実ですよね。


だってさ、
「わー!あと1/3しかない!何もできてない。どっひゃー」ってその場で驚くけど、
その驚きと焦りはそのば限りで、どうせまた10月1日 に、


「えー!今年もあと1/4しかないー。うっひゃー」とかなんとか言って
またその場で驚いて焦って、今度は11月1日 にも、


「ぎゃーん!もうあと1/6しかないーん。何もできてない。きゃーん」
とか言ってその場でも驚き、次は12月1日にまたそういうことを耳にして


「あちゃー、あと1ヶ月で今年終わり?結局何もできてないじゃーん。ぎゃおーん」
とか言ってその場でもまた驚いて、年越して2015年の1月1日 を迎えて

「あちゃぱー、もう2000年代が15/100まで来てしもたー!」
なーんて言い出すんですね。(きっとあたしは言わないだろうけど)


結局はさ、その場では数字的なことに驚いてるだけであって、
その驚きに対して、大して行動が伴ってないわけっす。


数字やイメージで実感するのはいいことです。だけど、

実感だけで終わっちゃったら、いーみなーいじゃーん(死語)ということです。


小さい頃などに、昔よくありませんでした?
親に怒られて、ぎゃん泣きして、その時はすっごく反省して
「もうやらんぞ!」って思うのに、また同じことで怒られるってゆうやつ。


それも、その「怒られた(驚き)」に対して、
そのあとの行動が伴わない=また失敗(また怒られる)。


これ読んでる、数少ない読者のみなさん
「あ、自分のことだ」って今、驚いた方います?


ほら、その驚いて焦った直後に、どうするかが大事なんですよ。

そういう、「驚いて焦るだけで実行が伴わない」ということから
脱却するにはどうすべきか・・・。


真実はたった一つ!!!コナン(ry
じゃなくて、それはただ一つ、「即実行する」しかありません。


だって即実行しなかったら、もう後は、どれだけ経ってもダメさ加減は一緒。


「明日やろ~は、馬鹿ヤロー」と聞いたことがありますよね?

「明日やる~」と「そのうちやる~」と「いつかやる~」は、どれが行動力ありそうかというと、
結局はどれも同じ低レベなんだ、ということ。そういうこと。


9月1日に「うわー!1年のうち2/3が過ぎた!」と驚いたって
翌日の9月2日に「1年の2/3と1日が過ぎた!」という人は、ほとんどいないはず(笑)

キリのいいところで驚いているだけで、
むしろそれは、とりあえず驚きたい記念日~(ドラえもん風)でしかありません。


もう驚いだ時点でそれを行動に移さなければ、
ずっと定期的に驚く日を待っているに過ぎないんです。

9月1日で「もう9月だ」「一年がもう1/3しかない」と驚き焦った方のやることは一つ。

今、この場で、次の期限まで実行することを決め、

今日すぐにその第1回目を実行するのです。


もう、「夜に」とか「明日に」とか言っている時点で、10月1日 まで何もやんないな、
という自覚を持たなければならないと思います。



なんで、私がこんな上から物を言ってるのかって、
その日に、行動して実行に移したからです(←得意げ)

来年の3月までに、次のやりたいことへのステップとなる資格を取ろうと決意しました。


最近、字を書くことをしていなかったし、前々から好きで、
興味を持っていたことだったので楽しみで仕方ありません。


私は今までの人生、好きだけでやってこれた気がします。

でも世の中、「好きだけじゃやっていけない」ことが溢れています。

普通は好きだけでやってけないってことを高校?大学?くらいで学ぶはず。

だけど私は少し遅れて、社会人で知りました。

でも、知れたことでまた次への目標も見つかりました。



さぁ、2014年の残された1/3の時間。

何をしましょうか。

会社のオヂチャンに勧められました。

この本いいよ、って。



努力について。


「努力ではどうにもならないと知るためには、一度徹底的に努力してみなければならない」ということ。
これは僕が大学生活の終わる寸前に為末さんのTwitterで見たのでよく覚えている。
僕は大学生活を陸上競技に捧げた割に、高校からほとんど成績を伸ばすことはできなかった。あらゆるかたちの努力は試して、自己ベストを出すことはできたけれども、大した記録ではなかった。

そこで初めて、あー、陸上好きだけど向いてないんだな、と知ることができた。
これはとてもつらいことだったけど、それまで努力して何でも手に入れてきた自分にとって、「これだけやってもどうにもならないことがあるんだな」と気づけたことは、「諦める」ということを知る、何にも代えがたい財産になった。それは断片的に就職活動などでも役に立ったし、これから生きていく上でも大いに役立っていくものだろうと思う。


p.174
「がんばっても無理なことがある」というのは、決して夢を否定しているわけでもなく、努力することを
無駄だと言っているわけでもない。そのことが腑に落ちるのは、何かを諦めた経験があってこそなのかもしれない。

まさにこういうことなんだろう。


p.227
人生にはどれだけがんばっても「仕方がない」ことがある。でも、「仕方がある」こともいくらでも残っている。
努力でどうにもならないことは確実にあって、しかしどうにもならないことがあると気づくことで「仕方がある」
ことも存在すると気づくことが財産になると思う。そして、この世界のすべてが「仕方がある」ことばかりで
成り立っていないということは、私たち人間にとっての救いでもあると思う。

これこそまさに、7年間陸上ばかりやってきた僕にとっての「陸上競技」と「陸上競技以外のこと」だったん
だろうと思う。陸上競技で結果を残せないなら生きてる価値なんてない、と思っていた時期もあったけれども、
それ以外に努力である程度何とかできることは山ほどあって、その中に楽しめるものもいっぱいある、という
ことを、徹底的な努力の末に陸上競技を「諦めた」お陰で知ることができたのではないか、と思う。




この本、買おうっと。

いまどき電子書籍よね。









Long time no seeeee.
お久しぶりです~ 

It’s getting hot in Japan.
もう暑くなってきやしたー。

But,Here is rainy season now.
こっちは梅雨だけど。

I wish that the middle of summer would stay about temperature.
真夏もこのままの気温でいてくれたらありがたす~

But I have to say I still prefer summer to the winter!
でもやっぱ、冬より夏が好きっす。

Recently, I’m so busy.
最近の私、こんなん。



(This is a romper kitty that lives with parents. She is NON)
(実家にいるおてんば仔猫ちゃんのノンです。)

Work increases, and going to the office is usual before 8 o'clock few days.
お仕事が増えて、ここ何日かは8時前出社が当たり前。

I wanted to be born to a more smart child.
もっと頭良く生まれたかったー。

I wanted to be born to the child with better points.
もっと要領よく出来る子に生まれたかったー。

真央ちゃんのフリーの演技は本当に素晴らしかったっ

部内でもまおちゃんの話題で一時は持ち切りでした。

しかしまぁ、色んなオリンピックの記事を読みましたが、これが一番よかったです↓

=============================================================


出遅れたけど真央ちゃんのフリーは素晴らしかった。

ショートが終わった時は、もう演技うんぬんよりも真央ちゃんが呆然と悲しそうな顔をして立っているのを見て、

それはもう胸が張り裂けそうな思いで一杯だったけど、フリーで圧巻の演技が見られて良かった。

演技が終わった瞬間感極まって泣いてしまった真央ちゃんと一緒に泣いた日本人も多い事だと思う。

最後にあんな良い表情の真央ちゃんが見られて本当に良かったと思う。

オリンピックの舞台に立つというのはどのような気持ちだろう。

日本の代表として舞台の上に立つというのはきっと想像を絶するプレッシャーだろう。

僕は17歳の時から20年以上も歌を続けているけど、世界はおろか日本で3本の指に入った事すら1度もない。

大学からずーっと順位をつけられ続けるという世界に僕たちはいるけれど、例えば学年で何位とか研修所の同期

で何位とか、その年のコンクールで何位とか、そういうものと「その世界の全ての日本人の中」で何位というのは

まったく次元が違う。

例えばジャンプの葛西は7回目のオリンピック。

7回目という事は、28年間日本の3位以内に君臨しているということだ。

28年間、彼を超える次の世代のジャンパーはいなかったということだ。

それぞれの年の1位たちも、彼を超えられず、そして41歳の彼に今もまだ勝つことのできない何千という若き

ジャンパーがいるということだ。

オリンピックの代表というのは確かに何十年かに一人の天才たちの集まりである。

***

ところで毎度フィギアの大会になると、キム・ヨナの点数はおかしいとか、審査がイカサマとかいうネガティブ

キャンペーンが始まるけれど、ああいうのは本当に気分が悪い。もう沢山ですという感じ。

ご丁寧に画像やイラストまでつけてこの採点はおかしいとか、エッジの傾きがどうだとか、簡単なジャンプで逃げて

云々、とか、しまいにはブスなのに、とか、まぁどれだけ暇なのか、、ほんとどーでもいいんですけど。。

真央ちゃんを応援するのは大いに結構だが、そこから転じて他の国を罵倒するような尊大な愛国心はどうも苦手だ。

真央ちゃんに罵声を浴びせる韓国人もいる一方で、今回真央ちゃんが転んだ時に客席のロシア人の何人かがそれを

嘲笑したことに怒りの声をあげて抗議してくれた韓国人もいる。どこの国にも良い人も悪い人もいる。

僕は今回のキムヨナの演技も素晴らしいと思ったし、ソトニコワの演技もそれはもう素晴らしくて、それに敗れた

キムヨナも清々しい顔をしていた。

キム・ヨナも、「真央の涙に自分も込み上げてくるものがあった」とコメントを出したし、真央ちゃんだって幼少の

ころから長い間戦ってきたキムヨナに好意的なコメントを出し「キムヨナは私の人生にとって良い思い出」と言った。

こういう競技者たちの友情や尊敬の気持ちが、イカサマ云々で蔑ろにされてしまうのが悲しい。ネガティブキャンペーン

を張る人たちは、氷上の彼女たちのああいう輝いた顔を見て自分が恥ずかしいと思わないのだろうか。

では、(今回の話とかではなく)100歩譲ってそのような不正が少しあったとしよう。

でもさ、そもそも世界というのは不公平なものなんじゃないのか。

人間が(芸術や美しさなどの)目に見えないもの点数をつける以上、そこには何らかの主観的な想いが入り込んで

くるし、公正なジャッジと言ってもなかなか難しい部分もあるだろう。

もちろんイカサマだってあるかもしれない。

僕たちだって海外のコンクールで明らかに1位では無い歌を歌っている人が1位になっているのを何度も見てきているはずだ

「日本は不公平な国だ、評価が偏っている!」と言ってヨーロッパに行った先輩に数年後イタリアで会ったら、

「イタリアはもっと偏っていた」って言っていたし()

世界どこに行ったって、地元の人間を勝たせたい、自分の生徒を勝たせたい、そういう理由で偏ったジャッジが

下されることは多々ある。

サッカーの試合でアウェイに行けばこちらの反則はすぐ取られ、向こうの反則は見逃される。

小さな町に行けば審判がお金で買収されていることもある。

それはもちろん不公平だ。

でも、それはどこに行ってもある事なのだ。

世界というのは「平等に不平等なもの」なのである。

大体小学校の頃から可愛い子や頭の良い子は先生に贔屓されてたじゃないか。

カッコいい子や足の速い子はそれだけで女の子にモテてたじゃあないか

そこで理不尽や不平等なんてとっくに学ぶべきなのだ。

不平等なこの世の中でどう生きるか。

その不平等な世界の中でどう咲くのか。

その力を持っている者だけが残っていくのだという事である。

咲くものはどんな条件の中でも必ず咲く。

環境やジャッジに文句を言っている人というのは一生文句を言い続ける。

この短い人生において、そんな無駄な時間を生きるのは勿体なさすぎる。

だいたい真央ちゃんやキムヨナがジャッジに文句を言っているのを見たことが無い。

いつも自分の演技への悔しさは語るけれど、その目はもう次に向いている。

でなければ一晩寝ただけであんな演技はできないだろう。

僕たちの世界だってそうだ。

コンクールで負けました、オーディションに落ちました、それをジャッジのせいにしている人はずーっ

とそこから抜け出せない。

たとえそこに不正があったとしてもだ。

僕の周りにも、「日本はさー」「二期会はさー」といつでもぶちぶち言ってる人がいるけどそういう人はたいてい売れない。

次を向く事、明日を見る事、不正があるのならその世の中でどうやったら力を出せるのかを考える事。

文句の前に動くこと、努力を続けること。

それができる人だけが残っていくのだと思う。

あのオリンピックの氷上にいる人たちはそういう人たちだと思う。

それは良い人とか悪い人とかではなく、生きて行く力の問題だと思う。

だからネガティブキャンペーンをする人たちに僕が嫌な気持ちになるのは、そういう人たちの生きて行く力の

弱さを見たくも無いのに見せられているからだな、と思う。

人の事を言っていても自分の事を言っていても同じ。

その場所で生きて行こうと決めたなら文句を言う間に進むこと。

世界を輝かせるのは自分なのだという事。

改めてそんな事を考えさせられたオリンピックフィギュアだった。

毎朝社内メールでコラムを送ってくれてて、FBでも繋がっている社員さんがいるのですが、先日のコラムに共感できたので載せようと思います。

=========================================================

だいぶ前になるけど、玄田有史さんのレクチャーで「ウィーク・タイ」の重要性についての話を聞いた。

ウィーク・タイ、すなわちゆるいつながり。しょっちゅう会って話しをする友達ではなく、半年や一年に一度とかのスパンでごくたまにご飯に行ったりするような人のこと。

玄田さんによると、大きな悩みを抱えていたり人生の選択に迷ったりしたときには、親友よりもウィーク・タイの人たちの言葉が、その後の道を切り開く大きな鍵になる場合が多いのだとか。

その話を聞いてなるほどそうかもしれないとかなり納得した。私にもウィーク・タイの友達や同僚や先輩が何人かいる。

めちゃめちゃ気が合うわけでない。

でもなぜかその縁は途絶えることはなく、たまに会って話しがしたくなる。

自分でも変な関係だなぁとか思っていたけど、玄田さんの話しを聞いて、それはただ何となくぼんやりとつながってたんじゃなくって、自分が求めてそういう風につながっていたのだと気づいた。

何でこんな話しを書いているかというと、最近そういったウィーク・タイな関係の人たちと会うことが何度も重なって、その度にそいういう人たちからすごく元気をもらっているなぁという実感があったから。

別に悩みもないし、人生の岐路にもたっていないけど、何気ない一言に励まされたり渇を入れられたり、ウィーク・タイの力ってけっこうスゴイなぁと思う。

そしてそういう関係の人が何人かいるというのはすごく幸せなことなのかもしれないと思った。

親友が多いことがすばらしく、友達が少ないと可哀相な人として扱われる傾向があるけれど、ウィーク・タイの重要性がもっと認識されれば、もうちょっとみんな楽になれるんじゃないかなぁ。

僕の気持ちなんか誰にもわからない!と自暴自棄になってるような人たちも減るんじゃないかと思うけど、どうでしょう。

=============================================================

うん…どうでしょう。

私もすごく共感できる部分がたくさんあります。

やっぱり高校・大学進学すると、地元であってもなかなか会いたくても会うことが出来ない友達が増えてきて、社会人になったら尚更そう思うようになりました。

私の父は、友達が少なく、私からしたら「休日に友達と遊びに行けないなんて、なんてつまらないのだろう」と思ってきました。

私も母も、割と友達は多い方で、私自身もフットワークが軽い(と自分では思っている)ので、「今日の午後暇!誰かとどっか行きたい!」となれば、誰かしら相手をしてくれます。

立場が逆でも私がその「誰かしら」になることが多いです。

でもウィーク・タイな関係を知った今、確かにめちゃめちゃ気が合う仲良い人には話せないけど、何となくゆる~く繋がってる人には話せちゃった。とか、そういう人がたくさんいることも、それはそれで良いのかと。

だから、この記事を読んで、幼稚園・中学が同じ友達に連絡をとってしまいました。

彼とは半年に1回ご飯する仲ですが、毎回違う会話(当たり前だ)ができるから、会いたくなるしその半年に1回が楽しみになっています。

人生の岐路…。

今がその時なのかな。

長く考えすぎて岐路歴が長くなるにつれて、どうでもよくなってしまう時がありますが、その、どうでもよくなってしまった時、ふと私にとってのそれは大したことじゃなかったのかも。と考えます。

すごく重大なことでクヨクヨ悩んで迷って落ち込んで泣いてって自分では思ってたのに、時間が経つと「そうでもねんじゃねーか」って思えてきます。

時間ってすごいなーと実感。

まだまだ悩み多きお年頃。

あと4か月足らずで26歳。

もう1年の1/4が終わろうとしています。

前から欲しかったfranc francのイニシャルマグ。

{0C4FE5DD-55A5-4900-84E0-BC09DEB501F2:01}


駅ビルの店舗に無くて、市内のAEON行ったらまさかの発見✳︎
これで千円はお買い得。
いつも使ってるマグが、少しコーヒーの汚れが付いてきたから、変えようかな。

今日は有休使って、一般OLみたいな休日を過ごしました。

ショッピングして、アロマオイルマッサージして、岩盤浴して、温泉入って、同級生の実家に遊びに行って、母の味をたらふく食べて帰宅。









{797719D3-679A-4A5C-B548-69659618FEA8:01}


my bro.笑