川崎希に続いて大島麻衣、早野薫と劇場で卒業した後の、締めくくりコンサート。当然3公演参戦。

今になって思うが、大島麻衣の喪失感が一番大きかったような気がする。

しかしこれを入れ替えに、様々な仕掛けとともに、AKB一気にスターダムへと駆け上っていく。

ここからは加速的にコトが起こり、じっくり思い起こす事が困難な為、メモ程度におさえよう。

そうしないと高橋みなみの完全卒業までに終らない。。。

ではでは。
その日は狂おしくも雪が舞い散っていた。

今ではスッカリ社長&ヒモ旦那で認知されてしまっているが、当時はシッカリと劇場公演をこなしていたメンバーであった。

当日残っていた初期メンの中で、ひまわり組2公演とも裏メンであったのは彼女だけだった。

ただ私の永久シード推しの佐藤由加理と仲が良く、また佐藤由加理もひまわり裏メンを経験しているため、ある意味、佐藤由加理を応援する意味でもあるという事で、100発98中券を行使した。

初の卒業公演という事で、入場出来る事だけでも有難いのに、ラッキーな事に入場抽選も3巡ほどだったので、前列に座れ、大変満足のいく鑑賞状態であった。

内容は言わずもがな涙モノで、篠田麻里子以外は劇場内で観る事が出来たので、準フルメンバーという事で、納得の行く98中券行使となった。

アンコール前の思い出VTRで使用された「桜色の空の下で」は、全ての桜ソングや卒業ソングの中で最高の完成度だと思う。

AXで初めて聞いた時には燃焼不足感があって印象薄だったが、やはり意味のあるタイミングで聞かされると、シナジーが増幅され、強力な体験となって刻まれる。

私の過去の中では、代々木体育館の窓から漏れて聞こえる「Stage Door」が今でも原宿界隈を通る度になり響いているが、同様の体験が追加された。

そしてこの春を境に、AKBは様々なテストマーケティングを投入して来るのであっった。

ではでは。
2008年の秋から2009年春にかけて実に7名の初期メンバーが卒業したわけだが、とりわけ印象深いものは川崎希の卒業公演である。

その布石は2008年の秋から始まっていた。

記憶は定かではなくなってしまったが、とある公演の入場抽選で、スタッフのミスで、番号が書かれたボールが入っていなかったらしく、それが丁度私の番号に掛かっており、従って最後まで番号が呼ばれる事は無かった。

当選はしているため、とりあえず最後尾ギリギリで入場させられたが、補填プランを提示される事なく、モヤモヤした状態で公演を観ていた。

しかし公演終了後に該当者だけ集められ、補填プランとして無償で100発98中券を付与された。

特別な公演以外は確実に当選はするという事で、大変有難く、フルメンバーの公演までしばらく温めていたが、待てども来ず、使用期限が差し迫って来た。

そんな中、やっとターゲットに出来たのが、川崎希の卒業であった。

ではでは。
あらゆる企画の中で、最も好きなのがリクエストアワーセットリストベスト100。

前年のDVDを観て、万難を排して参加すべき、年初にして最大のターゲットである。

AKBクオリティが最大に投下されたプロジェクトで、DVDの副音声のコメントがその価値を高めている。

何とか4日間連続観賞できた。

卒業メンバーの参加やひまわり組、A4th、K3rd以前の楽曲を生で聴く機会は、ここでしか実現出来ない。

色々物議を醸し出すかもしれないが、Chocoloveをオリメンで聴けた最後の機会となってしまった。イントロが鳴った時の会場の雰囲気に身体が震えたのを覚えている。二度と訪れない体験ではあるが、感覚だけが今でも残っており、「明日は~」はAKB史上で最も綺麗な曲と思っている。

こんな思い出も与えてくれるAKBプロジェクトには感謝したい。

ではでは。

JCBホールでのライブを中心に、劇場通いをこなす日々を送っていたので、当時のAKB48に関しては、一応全メンバーを目撃した事になった。

他、ビッグサイトのGEISAIや浜松町界隈のイベントにも顔を出し、タダで間近でチームAとKを拝観できた。

振り返ると、この頃が一番AKBを楽しんでいて、その分振り回されもしていたかもしれない。

惜しくもこの年紅白は落選したが、次年度の飛躍への期待は高まっていった。

実に有料の主催ライブ観賞は8月スタートで劇場15回、コンサート3回。来年もこのペースで行きたいと思っていたが、現在の当選確率は想像すらしなかった。

まずはAX。

ではでは。


尾木メンによる劇場ユニットがそのままデビューしたわけだが、どのユニットと比べても完成度の高さはズバ抜けている。

ファンもメンバーも劇場公演の中で培われていくものだから、そう感じるざるを得ないのかもしれない。

この頃、彼女等に会うためにはデビューイベントに行くしか無い。もちろん水道橋まで行った。

そんな事をしながらも、やはり卒業した5名の残像を無駄に追いかけてしまい、このno3bとそのファンにさえも恨めしさを感じていたものだった。

ただ、そうする事によって今のAKBを受け入れようと無意識に努力をしていたのだと思う。

実はAKB関連の全ての楽曲の中で、最も好きな楽曲の一つの中に、カップリング曲の「ハートの温度」がある。どことなくバブルテイストなトーンが、オッさん世代に響く。

ちなみにメンドルは初回放送を録画でコンプリートもしていた。

ではでは
「たった今、世界が変わり、閉塞されたのに、なぜ平然としていられるんだ!」

公園通りの坂道を力なく下りながら、すれ違う人たちに叫びたかった。

コンサートの内容はともかく、卒業セレモニーの演出は秀逸だったと思う。

5名というフォーカスポイントがハッキリしていたため、たっぷりと時間が割かれ、何と言っても「青空のそばにいて」が感情に拍車をかけ、不覚ながらもアイドルを目の前にして涙を流してしまった。

今でもDVDを観るとその時の感情が蘇えり、涙もする。

東京の秋冬の青空は本当に綺麗だ。
暑苦しいコンクリートジャングルとの対比もあり、余計にそう見える。

2008年11月23日、澄み渡る青空のように、私がAKBに求めている何かがハッキリした、そんな1日であった。

ではでは。


チームAの新公演幕開けまでの間、たて続けにチームKを観覧するが、NHKホールまでには、いつもの流れでチームBを見たいと思った。

印象は、、、幼すぎる。。。私としてはアイドルの枠を越えてしまっている感じがした。

しかし、今となっては後の総選挙TOP3が一度に間近で見れて、抽選もそんなにハードでは無いなんて、どうかしてるぜ!

いつかAKBファンに会ったら軽く自慢したくなるね。

ではでは。


レコード戦略の第2章が始まった。

ここで初めてあの大評判のAKB握手会に参加することになる。

まさかの新人、松井珠理奈がセンタージャケットに起用され、心の中で抵抗感を抱きながらも、劇場版を購入。

平日に真昼間に劇場握手会、言うなれば戸島花との握手にこぎつけた。

アイドルとの握手は、おニャン子解散後のうしろ髪ひかれ隊以来、実に20年振りで、一言交わすだけで終了かと思っていたが、意外と時間があり、「話す事を考えて来なかったと」本人に伝えたら、困った表情を浮かべていた。
最後に「花ちゃんのお陰でAKBのファンになったけど、花ちゃんのせいでAKBが嫌になるかも。。。」とも伝えた。

握手会はもう行かなくてもいいと思ったが、これまた叶わなかった。以後CD買うと勝手に付いてくるから、時間の合う限り参加した。殆どのファンは逆の立ち位置でしょうが。

ではでは。


とにかくもう一度チームAを見たい、A4thリバイバルを観たい、最後に戸島花を劇場で見たい一心で、やっとこ当選したのが最終日の昼公演。

千秋楽は当時のボリュームでも、当選は絶望的と思われていたため、これを受け入れて、心の眼で静観する事になった。

ネットで情報を仕入れたが、劇場周辺はとんでもない事になっていたようで、おニャン子解散コンサートを彷彿させるかのようだった。

一般メディアでは然程取り上げられない小さな事実ではあるが、ファンにとっては大事件である。

という事で、NHKホールの卒業コンサートにかける事にした。

ではでは。