小学2年生の夏休み―

 

父が、私が8歳になったから・・・と言って、

 

家族を広島の原爆資料館に伴い、

 

江田島の「特攻隊資料館」を

 

旅程に入れた。

 

 

 

コロナの時代に入った今年。

 

「自己犠牲」の両義性についても考えるようになり、

 

あのときの、

 

幼心に刻みつけた感覚が

 

核になって息づいていることが感じられる。

 

 

他者や目的のために

 

自分を投げうつ尊さの一方で、

 

国や組織に、

 

滅私奉公して

 

バーンアウト、特攻する側面について―

 

 

あれから22年経って父と向き合って、

 

今の私が戒めるのは、

 

「犠牲」を美化して終わらないこと―

 

 

 

自然の摂理に依って立ち、

 

生かされた自らの、限りあるこの生を、

 

次のいのちのために使う。

 

 

例えば

 

植物が、その個体の死としての

 

収穫の時を迎え、

 

その一粒の種が、地に蒔かれ、

 

やがて芽吹き、成長し、豊かな実りにつながるように―

 

種火から炎が拡がるように―

 

「滅私」ではない、思いも受け継がれていくこと。

 

「個」がその存在を尊重され、

 

大切にされ、

 

愛されて

 

命を全うし、

 

その個人の意思が

 

何らかの形で遺される自己犠牲であること。

 

父が、

 

「江田島」に込めた私へのメッセージ。

 

 

またね満月新月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も一日、

 

何かと家事をしていた―

 

年末だから、といって

 

特別なことはしていないのだけど。

 

いつもの、

 

かけがえのない営み―

 

 

そうそう、球根の芽が伸びてきた。

 

メタセコイアも裸樹になった。

 

 

何があっても、

 

自然の営みは続いてゆく。

 

私も。

 

 

人は、自然に抱かれて、

 

自分の希望の灯を

 

大切に守りながら、

 

命を繋いで生きている。

 

 

 

また明日ね満月新月

 

 

 

 

久しぶりに『風の谷のナウシカ』を観ている。

 

 

風の時代の幕開けに、

 

グッドタイミング。

 

風によって、

 

古きものに亀裂が入り、

 

新しいものが運ばれてくる。

 

 

腐海の秘めたる役割や、

 

その守役の王蟲の真の意味に、

 

ナウシカは気づき

 

自ら「風」となって

 

それまで確固としたように見えていた、

 

現実の隙間に流れ入って、

 

古い考えを瓦解させ、

 

新しい世界を招き入れ、

 

それまで存在してなかった

 

新しい秩序をもたらす者となる。

 

 

今、「シリウスに向かって飛べ」のところ。

 

 

王蟲の子を群れに返す

 

クライマックスビックリマークです。

 

 

またね新月満月クリスマスツリー