身体を持つ以上、

 

人は、常に変化し続ける。

 

社会にいきる生き物である以上、

 

人は、常に変化を求め、求められもする。

 

 

変化を迎えるときが訪れたら、

 

自分の人生に快く迎え入れることが

 

成長の糧―恵になるのだと思う。

 

私にとっての、

 

病も、過去の苦しみがそうだったように。

 

 

長年つき合った相手でも、

 

お互いの人生に変化が起これば、

 

関わり方もまた、変化する。

 

立場が変われば、できることも変わるし、

 

いままでの相手の思いに

 

はっと気づかされることもきっとある。

 

 

新しい出会いは、

 

人の新しい面を引き出すから、

 

いままでのようには、生きられない、と思えたのなら、

 

それは、本当に素晴らしいことだと思う。

 

 

そうやって、「新しい自分」に出会う機会を得る。

 

 

相手から影響をうけるだけでなく、

 

元々、「自分の中に存在した芽」が、

 

他者からの出会い・縁という光を受けて

 

すくすく伸び始めることだってありうるのだから・・・

 

 

私はずっと、そのような縁でありたいと願ってきた。

 

 

相手を操り人形のように、もしくは、

 

何かに憑依されたようにして

 

コントロールしたとしたら、それは罪が深い。

 

 

 

出会いが人を縛るものなら、

 

そのような出会いからは、離れた方がいい。

 

 

そして、このまま離れていても、

 

物語のはじめ、

 

思い描いた望みが打ち砕かれても、

 

自分の願いに向かい続けることと、

 

お互いを思いやる気持ちは変わらない。

 

変化に困難は必然で、未知で理解しがたい。

 

でも、長い道のりで越えていく―

 

そんな、互いの夢の実現を支え合っていけるような、

 

素敵な関係でありたい。

 

 

いつも、つねに新月満月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、二人で味わっている、

 

身を引き裂かれるよう心の痛みこそが

 

分魂の痛み―

 

 

自分の限界を突き付けられても、

 

それでもなお、その疼きが真に癒される白い道―

 

自己とイデアの光とのつながりの回復によって、

 

それがもたらされる、と信じるか、否か。

 

 

不壊の出会いがおりなされてゆくのは、

 

一人ひとりが高次元の永遠なるものに根ざすとき。

 

だから、

 

私はあの人を探し出し、ずっと道を求めてきた。

 

一昨日、発信。明日には届く。

 

 

 

13日の新月、

 

生まれたての『海の泡』 Aphrodiaが、

 

深い精神性を湛えた愛を学びに

 

海から上がってくる―

 

 

アプロスは「泡」を意味する言葉。

 

ボッティチェリの描いた光景が

 

有名で、美しいのだが、

 

その表情の憂いには、理由がある。

 

 

彼女の出生には、母親の胎は介在しない。

 

父親の死によってもたらされた生であり、

 

その経緯はグロテスク。

 

 

「クロノスが父ウラノスの

 

男根を切断し海に投げると、

 

男根のまわりに精液の泡が集まり、

 

そこから女神が生まれた―

 

『ギリシア・ローマ神話事典』 マイケル・グラント  ジョン・ヘイゼル 大修館書店

 

 

神(高次元存在)にせよ、人にせよ、

 

「誕生」は、「いい・わるい」「きれい・きたない」の

 

二元性を超えた「聖なること」なのだと思われる。

 

 

 

またね新月満月

 

 

 

本当はこんなとき、

 

焚火を囲むようにして

 

ただ傍らにいたらいい。

 

言葉は、要らない。

 

 

存在と存在の間、

 

生命と生命の余白に―

 

やがて立ちあがる、

 

互いを繋ぐ命の焔、

 

存在の根を感受できたら、

 

もうそれだけでいい。

 

 

いつも、つねに―

 

 

またね新月満月