さて、去る2月24日、
投函した足で散歩をした。
No.5"赴くべき場所に赴くことができますように
越え出るべき場所に超え出ることができますように”
気がついたら、長い時間になっていた。
夕刻から、幽かな痛みが右膝の内側に出てきて、
「歩きすぎたかな・・・」くらいに思ていた。
26日は庇うように跛行しながらも、家事は出来ていたが、
翌日にはベッドから立ちあがれなくなった。
私には、こうした身体の背景にある、
声なき声の呼びかけを聴く姿勢が身についていて、
これは、「足止め」だと感じた。
もちろん、医療に身を委ねるが
自分がその事態をどう受け止めるか、
意味の地層の深みを探求することは
自分のターニングポイントになることは、11年前に知っていた。
私と私のある人への願い(ミクロ)とマクロの願いは、
今、門の間にあるが、
この門の先へ一歩踏み出し扉を開くことと、
自分を超えた存在とのつながりとの回復は一義なのだと悟り、
私は「足止め」を解くために行動を起こし、
「青い鳥」でメッセージを送る。
MRI検査で、右脛骨内部の骨折とわかり、
現在も松葉づえの療養生活は続いている。
コロナ対策で不要不急の外出を避ける生活を心がけていたが、
封じ手が重なった次第だ。
よってこの一か月、私がひたすら取り組んできたことは、
願いの浄化のために、
自分の誕生から現在までを再び俯瞰し、再点検すること。
私の濁り―糺すべきこと、見取りの甘い部分、
螺子の緩んだところを締め直す作業を言語化しながら、
私という家を再構築すること。
今は、私の純度が量られているところだ、と感じる。
またね![]()
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