お盆が過ぎましたね。

 

昨夜は私の実家でも送り火を焚きました。

 

 

 

 

 

毎年、

 

松の木がパチパチと音をたてるのを眺めると

 

帰って行くご先祖様に思いを馳せてしまい

 

どこか もの寂しさを感じます。

 

 

 

 

 

お盆は過ぎてしまいましたが、

 

お盆にちなんで(?)

 

今日は少しスピリチュアルなお話を

 

させていただけたらと思います。

 

 

 


 

10年近く前になるのですが、

 

「私は光である」と思い出したときのお話です。

 

(もう、少し怪しいですかね?笑)

 

 

 

 

 

”私たちの体は容れ物で 私たちの正体は魂”

 

といったニュアンスのお話を

 

一度は耳にしたことがある方も多いかと思います。

 

 

 

 

 

私もそういうことは”知識”としては知っていました。

 

 

 

 

 

ですが、とある日、

 

訳あって私が防風林の中で座り込んでいたとき

 

急に頭の中に煌めく光みたいなものが走って

 

 

 

 

 

「あ、そうか、私はもともと光なんだ。」

 

と”思い出した”のです。

 

 

 

 

 

 

それは

 

”外側から入れた情報”

 

ではなく、

 

”内側から取り出した記憶”

 

みたいな感覚でした。

 

 

 

 

 

すごく大切なことを思い出したように感じて

 

その興奮のまま母に電話していました。

 

「思い出した!

 

 私たち、ただの光だったんだよ!」って。

 

 

 

 

 

母は急に、娘が電話口で

 

そんなこと口走るもんだから

 

それは驚いたでしょうね 笑

 

 

 

 



実はこの出来事は、私自身が


忘れ去っていることが多いでのですが

 

時々、ふと思い出すのです。

 

 

 

 

 

思い出すときは決まって、

 

私が落ち込んでいる時や

 

迷いの中にいる時

 

自然の中にいる時などです。



(この最初に“思い出した” ときも 


  私がとても落ち込んでいる時のことでした。)

 

 

 

 

 

忘れ(させられ)ている理由は、

 

3次元の世界で生きる間は

 

常に持ち歩いていると

 

逆に不自由な事実というか…

 

 

 

 

 

ただの光(エネルギー体)だったとしても

 

私たちはいろんなことを経験しながら

 

”足”をつけて生きていかなけばならないので…。

 

 

 

 

 

なので、

 

必要なタイミングで

 

ふと思い出す(出させてもらう)

 

のではないかな

 

なんて思っています。

 

 

 

 

 

その度に、原点に帰らされるというか

 

律される感覚を受けます。

 

 

 

 

 

ですがとても、安心できる”記憶”です。