ネットのすみっこで愛を叫ぶメガネ -2ページ目

ネットのすみっこで愛を叫ぶメガネ

己の愛あふるるままに書きなぐるブログである。

当ブログを気にかけて下さっていた皆様、お久しぶりでございます。
小西ショウスケであります!
ワタクシちゃんと生きてます。
生きてるか死んでるかで言えば、俄然生きてると言わざるをえないレベルで生きてるんですよ?
んじゃ何故ブログを更新せんかったのかと言われると、その、あの…
ブログを書くだけの時間と心の余裕がチョットその、ネ!?
去年「週に1本短編ミュージカルの脚本書いて、合計100本まで頑張るんじゃーい!」
…等とほざいておきながらの、この体たらくよなぁ。

さてさて、一体何ヶ月ぶりのブログ更新であろうか、という話でして。
遡ってみると、最後に更新したのが今年の一月の様ですな。
今日が7月の10日な訳ですから、実に半年もの間サボっていた事になるのです!

…そう、ブログはサボってた!
確かに、結果的に、ブログに関してはサボタージュしていたと言われても仕方が無い。
けど、ただただ無為にサボタージュしておった訳では無いんでヤンスよ?
ワタクシ、ブログ以外の事に関してはそれなりに暗躍しておったのです。
それをね、そういう所をね、ちょっと皆様に理解して頂こうと思いまして、この様に久々にAmebaアプリ立ち上げて、ワイヤレスキーボードをバッチンバッチン叩いておる次第なのですよ!

という訳で、2017年上半期のワタクシを振り返らせて頂きます。

1月
1月は、「かもめ短編演劇祭」という短編演劇祭の短編戯曲募集に応募すべく、短編演劇の脚本を書いておりましたのよ。
ちなみに色々と何書くか悩んだ挙げ句、当ブログにアップしていた「甦る」という短編ミュージカルを書き直したモノを応募したのです。
↓これが「甦る」の回ですね。

…結果はというと、最終候補にも残れずの惨敗でございましたとさ。
まあよくよく考えれば、予算や練習・キャストの募集に時間を殆ど取れないであろう企画に、人数や予算が必要そうな脚本を提出してる時点でオッペケペーであると言わざるを得ない訳でして…
来年も募集があれば、ワタクシはリトライするつもりなのである。
次こそはちゃんと色々考えた上での脚本をね、ガツンとね、提出したいと思ってますよ。ええ、ええ。

…ミュージカルだろーが予算や人数かかりそうなモノだろーが、クソ面白ければ少なくとも最終候補には入ったんじゃネーノ?と思った方もいらっしゃるかと思います。
ワタクシモケッコウソウオモッテルヨ!
だからこそクヤシーのである。

あと、ワタクシの記憶が確かならば、この時期に後述する「一人芝居ミュージカル短編集vol2」の脚本家オーディションがあった筈であり、それに応募するための短編ミュージカルも並行して執筆しておりました。
サザエさんの作家である長谷川町子さんをモデルにした短編ミュージカルを書き上げるべく、「長谷川町子美術館」に行ったり、「サザエさん」や「いじわるばあさん」の単行本や町子さんについて書かれているエッセイや町子さんの自伝なんかを、買い漁りーの読み漁りーのしとりましたわ。
そうして書き上がった「書きかけの脚本」と「とってつけた様なプロット」を、応募締め切り時間ギリギリで主催者様に送りつけたのでした。

うん、そう、結局ね、書き上がってないっていうね…
結果を聞く前から既に漂ってくるこの敗北感よな。

遅筆と生産性の悪さを克服すべく取り組んでいた、一週間一本のミュージカル執筆が全く生かされておらず、ワタクシは夜な夜な呻く事にましたとさ。

そんなこんなで、1月はブログを更新する時間と心の余裕が無かったのである。

次、2月。
まず2月と言えば、ワタクシが毎年チャレンジしている「宣伝会議賞」の一次審査発表の月なのだ。
去年・一昨年と一次審査を突破していたワタクシとしては、一次審査突破はマストであり、目標である二次審査を突破できるかどうか?というアレだったのだ!

…が、結果は一次審査すら通らず。
ワタクシは夜な夜な袖を濡らす事となりました。

あと、去年の11月頃に勢いだけで決めた「小西祭り!」という企画公演の準備も難航していたのであった。
まあ、これに関してはワタクシの手際が悪すぎたとしか言いようがない。
本番が5月頭予定であるにも関わらず…関わらず…キャストが全然決まってなかったのである!

とにかく人を集められなかったのである、ワタクシ。
あと金勘定がどんぶり過ぎた。

企画内容の見直しと新たな短編脚本の執筆を開始して軌道修正を試みるも、頭の中では「公演中止」の四文字が常にチラついており、気が気じゃなかったあの頃よ。

…そして「一人芝居ミュージカル短編集vol2」である。

何の間違いか、「一人芝居ミュージカル短編集vol2」という素敵な企画(去年ワタクシはこの企画のvol1を観て、いたく感動したのだ)に脚本を書かせて貰える事になったのです!
何の連絡もなかったから落ちたモンだと思っていたら…なのである!

ウワアイ!ヤッタゼ!ヨロコビモヒトシオー!

…等とはしゃぐ余裕なぞワタクシには全く無かった!

ここで軽く「一人芝居ミュージカル短編集」という企画の説明をば。
まあ、読んで字の如く「一人芝居」の「ミュージカル」であり、そんな「短編」を「集めて」公演にするという企画なんですがね。
で、この企画、脚本を書くにあたり一つのルールがあるのですよ。
それは「実在の、既に他界している方を題材にする」というモノ。
なのでワタクシは、オーディション用に提出した脚本では長谷川町子さんを題材にしたのです。
当然書かせて貰えるとしたら長谷川町子さんを題材にした脚本だと思ってた訳ですが…

「荻野吟子さんで書けませんか?」
…え?…オギノ…ギンコ?

一人芝居ミュージカル短編集のプロデューサー(であり制作であり演出であり役者であり作曲家)であるスーパーマン伊藤さんの口から出て来た人名は、長谷川町子さんでは無く荻野吟子さんであった。
そしてワタクシは31年間、荻野吟子さんという方を知らずに生きてきた人間だったのである。

「で、脚本の締め切りは2月末になります。」
…これ、やりとりのメールを確認したら2月18日の昼頃でした。
つまり十日後が締め切りという事にナリマスネエ。

短編(一作品の上演時間は約30分)とはいえ、今まで全く知らなかった人物の事を調べた上で約十日以内に脚本を書き上げる…だと…?

伊藤さんに「イエス!」と返事した後は、ただただ怒濤の10日間でしたよ、と。
3日間位使って集められる資料集めて読み込んでプロット考えて、残りの7日間で執筆に次ぐ執筆。
ワタクシは一人芝居書くのは初めてだったし、全く笑わせる要素が無い脚本を書くのも初めてだったので、んもー不安しかなかったですわ本当。
それでもなんとか書き上げる事が出来、ワタクシの2月は終わりを迎えたのであった。

そんなこんなで2月は、ブログを書く時間と心の余裕が無かったのである。

で、3月。

3月最初の一週間は、一人芝居ミュージカルの脚本の手直しに掛かり切りでござった。

そして、やはりというかなんというか、「小西祭り!」は人を集められなかった事山の如しであり、「公演中止」とする事になりました。
謝罪行脚を終えたワタクシはもはやヘロヘロであり、当然ブログを書く心の余裕など無かったのである。
3月はそんくらいである。とにかく燃え尽きてた。3月の事はあんまり覚えていない。


で、4月になるわけですけど、流石に長くなってきてしまったので、次回に続きます。

こう、この記事書き始める前は「久々に書くぞ~!」と意気込んでた訳ですけど、書くにつれオノレのアサハカさやらなんやらを再認識してしまい、凹んできちまったんだぜ、と。
嗚呼いかんいかん。

とにかく次回に続きます、はい。
ストップ!「書くぞ書くぞ詐欺」!

小西ショウスケ