中本 淳 -31ページ目

人間関係の希薄さは人間関係での摩擦防止につながります。


そのために人間関係を制限することは確かにある一面では非常に有益に思えます。


確かに他人との衝突で悩むことは往々にしてあることですし


日のほとんどを起きてもいない幻想によって過ごすことも少なくないでしょう


人が義務として感じること。若者に対しては通学。成人に対しては通勤が最たるものです。


誰もが感じること


行きたくないな


そのように思っても社会の中では常識というルールがありそれに反することは


一種の罪


これが現代の日本なのです


引きこもり


無職


これらの言葉はまるで罪名のようです


おかしな世の中だとおもいます。


引きこもりはかつては隠遁とよばれ


自分自身の生活を振り返るため


自分自身の研鑽のため


限られた有識者に認められたものでした。


無職


仕事をしないでよい立場であること。


職業という言葉が使われ始めたのがいつからかは知りませんが


人間は仕事をするために生きているわけではないのですから


世の中に仕事がある方と仕事がない方が存在しても別に不思議ではありません。


歴史上の偉人たちは全て職業人だったかといえば


むしろ後世の人間たちが職業の枠組みに当てはめているだけで


当人たちは働いているという感触がなかったのではと思います。


閉塞しきった世の中で息苦しく思うこと開放されたく思うこと休息したいと思うこと


これらは何も悪いことではなくてむしろ当然のことなのです。


孤立する権利


ある一定の社会から距離をとることは一種の権利だと思います


望みもしないのに社会から隔離されること阻害されること


これらとは完全に異なるものです


遠くから自分自身の行動を省みる


絶対に必要なことです


この孤立する権利の問題点は


ある社会から距離をおくことが離脱につながりやすいこと


通学したくない 休む 人間関係が希薄になる 通学できなくなる


通勤したくない 休む 評価が下がる 退職せざるを得なくなる


以前も書きましたが密すぎる社会はこのようにして望まない孤立権の行使につながります


また適正な孤立権行使の障壁として経済面の問題があります


社会から距離をとることが経済面での不利益につながりやすいのです。


簡単に言うとお金がない状態に陥るので生活が出来なくなることにつながります


上記のように考えると


社会からの長期離脱は大きな困難を呼び込むことが明白です。


それでは人は完全に壊れるまで全力で走り続けなければならないのか?


このような問題に対して私はこのように考えます


短期間の休息による最大の効果の獲得


簡単に言いいますと短時間休みましょう。


肉体的には食事と睡眠による回復。


こちらで悩まれる方は少ないと思います。


問題はメンタルケア 心の問題です


悩みを大きな声で打ち明けること 相談相手がいること


一人で考えすぎるとどんどん陰に入りがちです


自分を見つめなおす 隠遁する 目的ではなく


完全に無気力な状態の連鎖


そうなる前に社会と距離をおくにしても必ず事前に行き先と日程を知らせることです。


そして悩みを誰かに伝えることです。


長くなりましたが結論です


悩みを相談する 


社会との距離をとる 短期間


結論が出たらそのとおり実行


結論が出ない場合


悩みを相談する


ポイントは誰かに相談することです。


相談相手が見つからない方はいつでもお気軽にご連絡ください。


私のブログの読者様なら


私もお話したいですから。


電話代 メール代金はかかりますがそれ以外は無償です


あくまでも


世間話の一環と思って


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以上


中本 じゅんでした