息子の調子が芳しくなく、薬の変薬を目的に五年ぶりの入院に踏み切った。

軸となる薬が最大量まで増え、同じ効果の薬剤も最大量となっていた。

私から見て、服薬量に対し、効果が比例するばかりか、顔の強ばりや、目を閉じると、眼球が動く等、様々な訴えを聞き、本人が辛い状態だと感じた。


私自身も、入院の不便さや、薬の変薬が簡単ではない事は経験している。

起き上がれなくなる事や、病院にも行けなくなる事も最悪ある。

息子は、入院を嫌がるだろう。

提案した際、最初あまり、気が進まなかった。
今より状態が良くなる、合う薬を探すと言う、入院目的と、1ヶ月弱の予定期間を伝えた。

決断は任せた。

息子は、入院すると決めた。

閉鎖病棟で、テレビもなく、ゲーム機や、携帯も持てなく、持ち物や規定は、五年前より厳しくなっていた。

揺らぐのではないか。

息子の決断は変わらなかった。

やはり、訴え以上に現状が辛い状態なのだろう。
望みが叶う事を願い始まった。

期間中、減薬時に体調が着いていかず

しんどい。

あまりの辛そうな姿を見て、本人の希望もあり、予定を変更し、新しく試す薬の増量を先にする事となった。

毎日、息子の顔を見に行き、話をし、週末は外泊をさせて頂きながら、結局二ヶ月弱の期間になった。

退院し、落ち着いて過ごせていた。

一週間が経ち診察日。
福祉サービスの仕事を再開出来ると見込み主治医に相談した。

許可がでた。

その週末。
事業所に息子と挨拶に伺う。

入院前と環境や、業務の変化など、復帰前に把握しておいた方が良いと考えた。

微妙な変化や、雰囲気の違いで、情報量に戸惑う事が予想される。

現在の状況や、デスクの並び、業務内容等、多少変化していた。
人の出入りはなかったようだ。

週二回に減らして始める事とした。
本人希望の曜日。

復帰日。

予定の起床時間に起きれず、家を出る時間も自ずと遅れた。

想定内。

幅を持たせ、時間を伝えていた。

前日、退院してから初めて、被害妄想が出ていた。

行けない事も考えていた。

私のなかでは、今日は、起きて、時間までに行く事が出来れば充分なのだ。

時間通りに送る事が出来た。

無理しないように伝えた。

体調を悪くして早退しても良いように準備していた。

体調は、やはり悪くなった。
が、頓服等使い、最後まで頑張ってきた。退院して初めての頓服。

予想以上だった。

帰宅後は、体調も落ち着き良かった。


行く事に、また慣れる事からのスタート。

頓服二種類使い、本人の負担の大きかった事が露呈。

そこまでしての事は、果たして前進と捉えられるのか。

まだ初日。

体調に無理しない程度に見守りたい。



私が、携帯を気にしていた様子で、娘の用事に付き合いながら、指摘され、娘を急がせてしまったかもしれない。

最近自分が欲深い事に気づいた。

息子も、娘も、どちらも大事で、一番に優先したい。
出来るべきだと考えていた。


普段、悩みや、ストレスという事が分からず、疲れや、喜怒哀楽、空腹感、痛み等も疎い。
特段、体力作りをしている訳でもなく、自己管理も出来ず、突然の過呼吸や、嘔吐。
記憶が無くなってしまう事も、誰かに見られなければ、いつもの事だと、特に気にもしない。


倒れているところは自分では平気でも、見た目が悪い。誰にも見られたくない。

せめて、倒れないようにならなければ。


つまり、身の程知らずなのだ。

薬を服薬し始め、20年弱。
最近、気づいたというのも、不甲斐ない。


息子 23才  
娘  22才  
孫  2才、0才  主人、私42才