息子が、小学校最後の子供会町内ドッチボール大会。
六年生は、基本的に最後なので選手に選ばれるのが暗黙のルールとなっていた。
何故なら、六年生が決めるからだ。
息子は、学校が終わり毎日欠かさず練習に参加。習い事の日は、練習が終わってから行ったり、又は、体力が消耗している時は休ませた。
学校、町内会、子供会、又、学童。
子供達の交流には、積極的に自分も参加した。
普段見えない、外での子供の姿を見る事があったり、又、同じ時間を共有して、家で感想を言い合ったりする事が、私にとって、大切な成長を感じられる時だった。
係なども引き受けた。
自分が、行く事で、消極的な息子を誘ったり、娘の、コミュニティを見て共有できるからだ。
ドッチボール大会についても同様。
四年生から六年生が選手の対象だが、同じくして、市内陸上記録会の練習も始まる。
息子は、陸上の選手ではないので、ドッチボールの練習に毎日欠かさず参加できた。
娘は、四年生。
陸上選手で、習い事も多く、週一回陸上の練習が終わり次第参加していた。
練習試合も組み込まれ、それに伴い、勝利に向け団結していく。
自分も、毎日練習に顔を出した。
係は、子供達の親が、就いている。監督や、審判も含まれる。
選手決めの日、帰宅が遅く、8時くらいに息子が、帰って来た。
号泣していた。嗚咽しながら。
選手になれなかったようだ。
そして、電話が鳴る。
息子と同級生の子の親、監督からだった。
選手が足りないので、娘はどうか。
という内容だった。
実際、大会当日、娘はバスケの大会と重なっていた為、その旨を伝えた。
友達の子で、三年生の運動神経の良い男の子がなった。
後日、色々と伝わってきた。
選手決めの際、子供達は、息子を選手に選んだ。
だが、監督が反対した。
それでも、当てられずに勝てるかと息子に聞いたらしい。
息子は、どちらも選べなかった。
監督だって、同じクラスの子のお母さん。
イコール、最後のドッチボール大会だ。
実力社会。
やるからには、優勝目指して選手選びをするのは、社会では、当然だった。
息子に大きな傷を付けてしまった。
何とかかける言葉を探す。
何か、意味のある事に取り繕おうとしていた。
悔しさをバネに先に活かす。
頑張った事に胸を張って良い。
と思う事を願う。
息子は、泣き続けながら、寝た。
私の言葉など、届かない。
習い事の日は、習い事に行けば良かったのではないか。
「毎日出なかった」
と言う、言い訳を本人が思えるように作っておくべきだった。
頑張っても、望む対価や評価があるとは限らない。報われない事もある。大人は知っている。
純粋に選手になるから、練習を頑張っていた。
「毎日練習に来ないと選手から上手でも外す」
謡文句
想定外で、傷付けてしまった事にショックだった。
もっと、どちらでも良いように準備出来たのに。
自分の不甲斐なさで、恐らく、ずっと残るであろう傷を持たせた。
自分にとても、腹がたった。