日常に生まれるズレや違いに気づくのは、突然の過呼吸や、嗚咽など、至って分かりやすくでる身体の不調。

目の前での出来事を荒立てない事が得意な様子の私は、さて、どうするかと次の一歩を考えている時、すでに、一呼吸分冷めた出来事にする。

が、見事な円形、20年程の付き合いとなる。
髪を抜く癖は幼少からと遡る。
相容れない、不思議な付き合い。

当時の私にとっては、肌色の大きなシールを貼ったような様は、何とか隠せた。

慣れてしまえば、自身にとっては、スルー案件となり、いちいち説明するのが、面倒となる。
美容院もかれこれ、15年程行ってない。

やはり、専門的に診ると円形脱毛を作りながら、笑っている私は、滑稽なようだ。
何か大きな事ととられ、何か揺さぶってしまう手応えを感じてしまう。

が、自身で髪を切る事も、ある程度出来てしまえば、この捉え方の違いは、解決案件となっていた。

今となっては、何をきっかけに、免疫細胞が、誤作動を起こしたのか知らなければ対策を練るにもだが、一呼吸どころではない話し。

原因を探ったところで、今さら生えてくるにも、時間を要する。

感情の在処を探してみても、言葉に出さず次の行動を考える事が、染み付いた自身は、悩む事を疎かにし、飛ばしてきたようだ。

ありがたい。助けたい。
そこに繋がる事案が、好きな父の周りには、助けを求める同じ様な困った人が度々現れ、その度に父は、住居から仕事まで世話をし、自分の信用を何度となく失い、慣れ親しんだ人が一人もいない住み慣れない遠い土地で最後を迎えた。
人好きな父が、最後を一人で終えた事を心から羨ましく感じた。

母は、父のやり方や、生き方を共感出来ず、嫌悪感すら抱き軽蔑し、事ある度に、父の自堕落さを私に分かりやすく教えてくれ、母の大変さは、全て父が悪い事を伝えてきた。

そんな父に私が似ている事も付けた。

私は、更に母に対して誠実でありたいとの想いは強く増した。

時を経て、父の最後を母は可哀想な惨めなものとして捉えている。

私は、人生謳歌したようにさえ感じた。

ほとんど父と暮らした事がないが、母が言ったように父に似ているのかもしれない、

父の6会期を迎え。

感情が、希薄。なのか、結果を急がない性分も母とは、真逆だ。

特別急がなくとも、否が応にもいづれは、出てしまう。

土の中

真っ暗で、狭く、暖かく、無。
そんな土の中に、前向きに、魅力を抱く。
とても、自分には、身分不相応の勿体ないくらいの贅沢な事。

私が、在るのは、子供達が居るからであるが、反して子供達を、私から少しずつ少しずつ離し、自分の大切な世界を作るまでが、私の在る意味となる。

生への動機となる。

成し得た後、父の様に、誰も知らない街で、誰にも看取られ事なく最後を迎え、無となる。

なんて。

私は、そもそも成し遂げる事さえ危うい。