大人とは、自分の存在に自分が責任を持つ人


学びを通し得た、自身の価値観や、経験をいつでもアップデート出来る柔軟性が欠けないよう努力が必須だ。


拘りや、自身の作ったラインを大切にしつつ、新しいライン設定を試みれるように在りたい。


経験を積めば積むほどそれは、難しい。




息子は、主治医に、急遽入院を薦められた。

電気通電療法を試みる為との事。


服用している薬の量と、症状の改善が比例していない現状は、私も認知していた。


主治医から、通例の外来日に、突然の提案をされ、珍しく、強く推してきたのだ。


週明けからどうか❓


息子は、想定外の事態に戸惑い、気が進まない事をすぐに伝えた。


電気通電療法は、私の知識として、あまり多くはないが、けいれんを起こす、というぐらいは、知っていた。実際、私が入院中、電気通電を行っていた患者さんを見聞きしていた。


記憶障害が、主に見えた。


主治医は、息子と私に、悪くなる事は、ないが、良くなるかは、個人差がありやってみなければ分からないが、賭けてみるのも良くないか。


との事だった。


私自身も想定外の事で、頭の中が、フル稼働したような感覚になり、出た言葉が、


「いんじゃない。悪くは、ならないし。大変だけど、これで良くなったらの希望があるじゃん」


実は、かなり私自身も戸惑っていた。


息子は、


「じゃあやってみようかな。」


その言葉が、決め手になり、トントン拍子で入院手続きから、検査日等、話は、早足に進み出した。


息子は、決まってしまえば、そこに疑問を抱かない。

入院中の不安等、おおよそ想定出来てしまうのを何とか、私も、息子と同じリズムを装う。


何故か、私の方が事の展開に追いつかず、引っ掛かりが残っていた。


全身麻酔をし、週3回の通電で、良い事例と共に悪い事例も把握しておかなければ等、後遺症はどの程度の割合で、どんな事があるのか。

今まで、どんな症例があるのか。

情報を集めて府に落とす。


短期間で、病院に行ったり、情報を集めた。


結論から出し、精査し、対策を立て、移行する準備をすることが、私の今までやり方とは、違う。


そこに戸惑い、時間のなさが、はっきりとした決断に繋がらなかったのだろう。


相反し、息子は、至って淡々としていた。


私は、いつも通りのやり方を取り戻すように、息子には、入院日まで通常通り作業所に通所するのが、当たり前のごとく、冷静を装いながら、促し、今回は、入院中洗濯もしてみるように提案した。


体調が悪い日もあるだろうし、

無理はしなくてもいいから、やれる日にやってみよう。


と。


もし、出来なくても全然いいのだ。

何か、前の入院の時とは違う自分を息子自身に見てほしい。


私は、気持ちが追い付かない一方で、息子の前では、少し厳しいかもしれない難題を置くことを忘れず装う。


入院日、入院の手続きも、息子主導でやってもらったのは、今回3回目の入院で初めての事。


息子は、淡々と、沢山の書類に住所等サインし、検査し、手術扱いとなる、麻酔科の説明を聞いた。


この状況下なので、面会は、出来ない。テレビも携帯もない中、1ヶ月ちょっとの入院が始まった。


「じゃあね。」


私は、何て事ないように笑顔で別れた。


息子も

「ありがとう」


笑顔で中に入って行った。



恥ずかしながら、自分も入院出来ないか。

電気通電療法を自分もやってみて、息子と同じ体験をし、思いを知りたい。


そんな事が頭を過ったが、息子にとって、違う行動だとは、分かる。



帰りの車、運転中、涙が何故か出てきた。

泣きたいのは、息子なのに。情けない。


私は、まだまだ大人としては、未熟だ。


結論から、出し始まった入院だが、息子にとっては、同じなのかもしれない。


実は、私の中で時間をかけ、精査し、準備し、息子にタイミングをみて提案する時、息子にとっては、今回と同じく突然の事なのかもしれない。



実は、突然の事に戸惑い、方を崩す事に弱いのは、私自身の方かもしれない。


柔軟性を身に付ける事は、厳しく、難しい。