幼少期から、日記とは無縁。

避けていたのかもしれない。

記録に残る事の怖さ。

記録に残す事の強さが無かったのかもしれない。

私の記憶は、主人と会った15歳前後からしかなかった。


とても、曖昧な記憶で不確か。

自分が一緒に行ってないのに、行った記憶になっていたり。

勘違いだろう。

くらいに考えていた。


結婚して、子供が産まれ、自分の頃を考え巡らせた時に記憶がない。


すぐに何でも、忘れてしまう怖さ。


子供達との楽しい時間や、頑張っている姿も無くしてしまう怖さがあり、常にビデオで撮影した。


息子が中学2年生、娘が6年生の時に突然、フラッシュバックの様に小学生の私が見えた。


ポツポツとしていたものは、継っていき、最終的に驚愕な映像が飛び込んできた。


それから、少しづつ思い出していき、その時の自分を思い出し始めた。

まだ、全部ではないと思うが、私の病気の根源は浮き彫りになったと思う。


入退院を繰り返した。
子供達には、私の発作や、壊れた姿、記憶が無くなってしまう自分の、私も知らない自分の姿や行動。どんな自分か分からない自分。
見せたくなかった。
この時期が1番酷かった。




2年前くらいに、
主人が
お前も、少し知的障害者なんじゃないか?


余りにも自分の管理が出来ず笑っているのに突然倒れてしまい、自分でも何故なのか分からないからだろう。

検査をした。

知的障害者ではなかったが、
カウンセリングの先生曰く、自分というカテゴリーが無く、自己管理はおそらく出来ない。が、時間での行動や周りの言う事を聞く事で認識して。


情けない。


子供達のちょっとした変化や、症状にはとても敏感なのに。


ブログを始めたきっかけは、1つの分岐点になり、明日何があるか分からないので、残しておきたいと思ったからだ。


活字にすると、自分に嫌悪感が強くなり、記憶を辿るのは、以外と体力を使う。