子供達は、引っ越し後、保育園に行きながら楽しく過ごしていました。


只、主人が離れて暮らす事となり、私の隣を取り合ったり等する二人を見て、環境の変化に戸惑い不安にさせてしまっている事が、心苦しくいた。

長男の小学校入学の件で、地域の入学準備説明会を手紙を手に、行政に問い合わせを考えていた。


主人は、支援学校は全く頭になかった様子で、頭は普通なんだから、地域の学校で問題ない。
主人の両親にも口を揃え一語一句、同じ言葉の返しで、主人より、強く反対され、笑い話に。私に違和感を感じた旨が伝わってきた。


前にも綴ったが、私も、私の母も同じ病気なのだが、性格が違う。


あたり前だが、持って生まれたものと、環境と経験が大きいのではないかと考える。

母は、自信に満ち溢れ、我が強く、行動的で、上昇思考が高く、新しいものに興味を持ち積極的に取り入れる。

私は、消極的で、1日、事をやりきれているかを問い、新しい事を始める余裕などなく、同じ毎日に出来るだけ、する事が目標であり、そうでありたいと考えている。母とは、真逆だと感じる。

母は小学から高校迄を支援学校で過ごした。

私は、普通教育を受けた。


息子は、大人しくてマイペース、闘争心はあまり見られず、おっとりとしている。どちらかと言うと消極的で、早生まれのせいか、少し幼いような感じもある。

男の子として、私よりも母のように身体の事があっても考え等自信を持ち、自身の長所や、短所を自覚し、活かし伸ばし得るのは、支援学校の手厚さが本人の性格に合っているのではないか。

都合がいい話かもと思うが、性格がまた違えばまた、考えも変わっていただろうとも思う。
大切な時期を、大切な時間となるように願う。


周囲に反対されたが、行政に問い合わせ、話を聞きに行った。

今は、以前と違い、普通教育を受けれる可能性のある子は出来るだけ障害児でも地域の学校での受け入れを推進している。
支援学校で守られても、いづれ社会に出て他者との違いや格差や、目立って見られてしまう事に耐えられず挫折するより、小さいうちから慣れていた方が良い。支援学校は今は、重度の生活支援をする場所としての利用者が多く、該当しにくい。


実は、その後、中学入学時期にも、支援学校を本人を連れて面談等した時も、同じ返答だった。


いづれ他者との違いや、学年が上がる程拡がる、同級生との身体的な能力の違いに、負けずに打ち勝つ為の、自信と精神力が必要不可欠。
支援学校では、それぞれの持っているものを個性と捉え、自身を確立出来、もっている者が違うなか、個々の、もっているもので補い合えるのでは。

普通学校では、1人特別視され、差別や、偏見が良い意味で最初からあり、助けられたり優しくされ、自分だけが違うと、時に傷つくのではないか。ありがとう。と、言う日々。辛くなるのではないか。


ちょっと離れた小学校の特別学級もあると聞いた。身体障害児の多い特別学級らしい。


見学に行ったが、やはり、人数は少なく、息子より重度に感じた。

普通クラスに行き授業を受けれる子は受けるらしい。


私は普通クラスだったが、特別学級のある学校だった。イベントの時などクラスに来ていた。荒れているクラスもあったが、私のクラスは、割と揉め事も少なく、仲の良いクラスだった。
各クラスに確か二人づつ特別学級の子がいた。

私のクラスは男子二人。クラスに来た時には男子にふざけて、からかわれいた。言ったことを素直に受け、理不尽な要求なのに要望に躊躇なく答える感じに見え、見ている方は、止めたくなるが、その子達は、傷ついているようにはみえず表情は変わらない。
同級生と変わらず大きい子だったが、幼く感じた。
私達のクラスに来て笑顔を見た事は、私は無かった。


故に、特別学級は、普通学校とあまり変わらないイメージがあり、求めている場所には、思えなかった。


やはり、保育園から同じ小学校に入学する子が多い場所にして良かった。

普通学校に入学を決め、何かあればまた、方向性を考える事とした。


借金の返済をしながら、自分が子供達の成長について行けてるか、ついていくのに必死で、やれる事が出来ているのか。


子供達は、待ってくれないし、待たせたくない。


もっと、今日の子供達と一緒に沢山の事を共有したい。


息子は、身体的に見た目に分かる障害なので、今のうちに、プールで、泳ぎを覚えたり、海の楽しさを知って欲しい。


乗馬をさせてバランス能力が付くかもしれない。スキー、スノーボード、球技。山登りで、心身の強さや、達成感が満たされるかも。

可能性が無限過ぎる。
沢山の体験や、沢山の物を見、四季を体験し、何が何に繋がり、先の糧となるのか。
機会を作る事が大切だと考える。


息子保育園最後の運動会。

1位の子には金メダルがプレゼントされる。
金メダルが欲しい。

息子の口から出た言葉。あの園庭で、既にゴール差はあり、今までメダルを貰う事はなかった。


当時、息子が好きなピカチュウの金メダルを、娘は1位が多いが、娘には、キティちゃんの金メダルを作った。

円にした厚紙に金の折り紙を貼り、キャラクターを貼る。リボンで使う紐を首から掛けれる様に切りホチキスで止めた。
クリスマスツリーの金のツリーに巻く長く派手な金の飾りを周囲に切って蒔き付け貼る。
パッと見、派手な金メダルとなり、良い出来だ。

が、簡易的なあまり人に見せれる程ではない金メダル。


息子が欲しい金メダルでは無かったし、変わりにもならないかもしれない。


お母からのメダル受け取って下さい。

二人は、受け取ってくれた。
嬉しそうに、ありがとう。と言った。

娘の2つの金メダルを見た事を見逃さない。

私は、子供達に強さを、貰ってばかりだ。
私の気持ちを汲み取られた気がし、次回からは、頑張ったで賞のプレゼントにした。


日々ついていき、いつでも、寄り添える自分でいたい。