今日二つ目の記事。
実は夕食の時に、年老いて少しボケが来ている母と慰安婦問題について語った。彼女は昭和ヒトケタ生まれのバリバリ右翼の戦中派で、中国人朝鮮人が大嫌いな差別主義者。自分も若いころは母のこのような野蛮な優越感と差別主義を嫌って、この世代の人たちと日本を否定的に見ていたものだ。
まあ、その歴史の生き証人のような母が、少しでもまともなうちに色々昔のことを聞いておこう、という気持ちはいつもある。今では物忘れがひどく、5分前のことも覚えていない母だが、昔は頭の切れる頼りがいのある人だった。時々その名残なのか、突然ボケ老人らしくない鋭い切り替えしをされてびっくりすることもある(笑)
そんな母との会話。
自分「女子挺身隊って覚えてる?」
母「お母さんは(自分のこと)挺身隊には行かなかったの。そのころはもう仕事を持って働いてたから」
つまり挺身隊は女学生くらいの年齢の女子に対する義務だったというこは覚えていたのだろう。しかし戦時中の母はまだ15,6の女学生だったはず。そして、数年前の、母がもう少し頭がはっきりしている時期に一度、女子挺身隊のことを聞いたことがあって、その時には母は、工場に手伝いにいったことと、帰りにおやつか何かを貰って嬉しかったことを話していたのを覚えていたので、「前に挺身隊に行った話を聞いたことがあるよ」と言うと、少し思い出したらしく、「ああ、そういえば行ったかもしれない」と。
自分「それで、今、韓国との間でこの挺身隊が問題になっていてね、韓国人たちは日本軍が挺身隊の名目で10代の女性を慰安婦にするために集めた、って言ってるわけ。」
すると母は、あらためて私の顔を正面から見て、意外なことに「ああ、それあったかもしれないよ。何しろ当時日本人は朝鮮人を人間扱いしてなかったから。内地とは全然違ってたのよ。」と。「内地とは違ってた」というのは、内地では女子挺身隊は工場労働などの戦時後方支援のことを指していたが半島ではそれだけではなかったかもしれない、という意味だろう。それから、さらに「当時の朝鮮はもう、ひどく貧しくて、お金のためなら何でもやった。親が娘を売るなんて、当たり前だった。」とも言ってた。
この部分は、西岡力氏が話していた、ある韓国人の証言、「朝鮮半島で慰安婦狩りなんてする必要は全くなかった、なぜって当時の朝鮮は皆すごく貧乏で、金さえ出せば女性なんて簡単に集まったから。」というのと合致する。
多分もう何もかもが、今と違ってた、ということだろう。日本だってその時代は裕福ではなかったと思うが、朝鮮はもっと度を越して貧しかったのだ。今風の、女性の”人権”なんて誰の頭の片隅にもなく、朝鮮人自身も自国の女たちを奴隷のように扱っていた時代だ。残酷な人買いや親や家族を養うための身売りなんて、当たり前のようにあったのだろうと思う。
何しろぼけ始めて4年くらい経つ老女の話で、この証言も、朝鮮の元慰安婦のおばあさんの証言と同様に信憑性の点では100%の信頼を置けないが、時々我に返ったように正気が戻る母の言葉をすべて否定してしまうのもどうかなあ、と考えたりする。