昨日は歌舞伎座で夜の部を楽しんできました。

今回のブログはその感想を。

 

 

 

 

 

 

『團菊祭五月大歌舞伎』

夜の部

 

 

 

毎年5月に行われる團菊祭は、

九世市川團十郎、五世尾上菊五郎の

功績を顕彰する公演で、ゆかりの演目が

ゆかりの俳優たち中心の配役で上演されます。

 

 

 

今年の團菊祭夜の部は、

まず大人気の時代物『伽羅先代萩』より

「御殿」「床下」、

続いて河竹黙阿弥の異色の生世話物

『四千両小判梅葉』の二幕。

 

 

 

一幕目が上演時間1時間36分、二幕目は1時間49分。

大作2本をゆっくりじっくり楽しめるのですが、

体力・気力を整えて観ないといけません。

ちなみに幕間は35分。

私は後半に腰をかなりやられました(笑)

しかし、どちらも見ごたえたっぷりで、

大満足の観劇となりました。

 

 

 

一、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)

  御殿・床下

 

 

 

 

 

 

江戸初期に実際に起きた三大御家騒動の一つ、

「伊達騒動」を題材とした作品のなかでも

代表的な作品です。

「御殿」は、実の我が子を殺されながらも

忠義を尽くす道を取る乳人政岡の心情を描きます。

続く「床下」は雰囲気一転、

仁木弾正が妖術を使って

花道を悠然と引っ込むさまを見せます。

 

 

 

【御殿】

 

足利家の御殿。

若君・鶴千代の毒殺を恐れ、

乳人の政岡は自ら食事を用意しています。

鶴千代は健気に国のため空腹に耐え、

また政岡の実子・千松は、

鶴千代の毒見役兼遊び相手として、

母の言いつけをしっかりと守っています。

 

そこへ見舞いにやって来たのが、

御家横領を企む仁木弾正の一味の栄御前。

持参した菓子を鶴千代にしきりに勧めるので、

毒入りではないかと政岡は警戒。

そこに飛び出し、菓子を口にしたのが千松。

にわかに苦しみだす千松でしたが、

弾正の妹八汐がすかさずそれを押さえつけ、

懐刀を突き立てます。

声を上げて苦しむ千松に、

ぐりぐりと刀を刺してなぶり殺しにする八汐。

しかし、その無残な姿を目の当たりにしても、

政岡は鶴千代君をしっかりと抱きかかえ、

一向に動じないのでした。

様子をうかがっていた栄御前は、

これは鶴千代と千松を

取り替えていたに違いないと思い込みます。

すっかり気を許すと、

政岡に御家横領の証拠となる連判状を渡し、

その場を去っていくのでした。

 

一人になった政岡、ここで初めて泣き崩れます。

「若君のため、いつでも身替りに」

という教えを守った千松を

「でかしゃった、でかしゃった」

と褒め讃えながらも、

深い悲しみに暮れるのでした。

 

そこにやって来たのがにっくき八汐。

政岡に刃を向けますが、逆に討たれてしまいます。

そんななか、1匹の鼠が突如現れると、

連判状を咥え、逃げ去っていきます。

 

 

 

時代物には珍しく、

女性ばかりで物語を動かしていくお芝居です。

乳人・政岡は「片(かた)はずし」といって(本来は髪型の名称)、

御殿女中の中でも大役です。

演じたのは菊之助さん。

この政岡は、演じる役者によってはものすごく強い、

己を律した人物に見えることもありますが、

菊之助さんの政岡は、一所懸命。

体を投げ出して若君を守っている健気さが

内側にある気がします。

それを凛として端正な姿の鎧で隠している。

その鎧が、一人きりになって千松の亡骸を前にしたとき、

すべてはずれるのです。

リアルな息づかいに涙が出ました。

 

 

 

前半の見どころは、

茶道の作法で米を炊く「飯炊き」。

炊飯の間には、「自分のほうがえらい」という、

鶴千代君(種太郎)と千松(丑之助)の

可愛らしくも健気な意地の張り合い。

種太郎君はぽっちゃりとした面差しが

若君にぴったり、声もよく通ります。

丑之助君の千松は、子役の域を出ている感じ。

台詞こそ、歌舞伎のお決りの一本調子でやっていますが、

そこかしこに千松の心情がにじむのです。

将来たのしみ。

 

 

 

 

 

 

3人が写った美しいポスター。

 

 

 

さて、昨日は八汐役の歌六さんが体調不良で、

中村芝のぶさんが代役を務めていました。

歌六さんのご快復と

一日も早い復帰をお祈りします。

 

 

 

 

 

 

しかし、芝のぶさん推しのワタクシとしては、

今回の抜擢はひじょうに嬉しく

(同じ気持ちの方が多かったようで、

幕見席は24時間前に完売になったのだとか。

今日もかな?)、

通常なら立役が演じる八汐を、

女形の芝のぶさんが一体どのように

と固唾を飲んで出番を待っていたのですが…、

素晴らしかったあああ!

一言めで、舞台を支配する感じ。

吸引力がすごい。

そして、お化粧。

目の周りを黒々と縁取ったお化粧で、

にらむとその中の瞳がすごい光を放つのです。

普通の人間とは違う空気。

思えば八汐は、妖術使いの仁木弾正の妹ですから、

この工夫は大正解なわけですよね。

大きないかつい体の怖さがある

立役の皆さんの八汐とは全く違う、

初めて見る八汐。

でも、とっても怖かった。

すごいです、芝のぶさん。

ますますファンになりました。

 

 

 

【床下】

 

鼠が逃げ込んだ床下。

鶴千代君の忠臣の荒獅子男之助が

鼠を取り押さえています。

しかし、鼠はするりと逃げだしてしまうのです。

やがて姿を現したのは仁木弾正。

あの鼠は、妖術を操る弾正の仮の姿だったのです。

不敵な笑みを浮かべながら、

悠然とその場を立ち去るのでした・・・。

 

 

 

それまでお芝居を行っていた御殿のセットが

ずずずっと上がって床下が現れます。

舞台中央には、紅隈を施し、

派手な衣装を身に着けた荒獅子男之助(あらじしおとこのすけ)。

演じているのは右團次さん

エネルギー全開。

鼠は男之介の足の下で、

もう降参~、といわんばかりなのに、

いつの間にか逃げ出してスッポンに消え、

入れ替わりに白い煙に包まれた仁木弾正が登場します。

青白い顔が、恐い。

照明は落ち、灯りは後見がもつ「さしだし」の灯りのみ。

ゆらゆらと揺れる灯り、燃えるろうそくのにおい、

エネルギーをじわりじわりと貯めていく

團十郎さんの弾正

目が離せません。

するりするりと揚幕へ向かうさまはまさに浮世離れ。

短い場面ですが堪能しました。

 

 

 

二、四千両小判梅葉

(しせんりょうこばんのうめのは)

 

 

 

 

 

 

江戸城を囲む外堀。

夜も更けた四谷見附の堀端で、

おでん屋台の商いをしている富蔵は、

偶然通りかかった藤岡藤十郎と再会します。

藤十郎は富蔵が以前勤めていた屋敷の恩義ある若旦那。

遊女に入れ上げ金に困っている藤十郎は、

恋敵から100両を奪おうとやって来たのでした。

藤十郎の話を聞いた富蔵は、

どうせ悪事を働くなら大きな仕事をと、

江戸城の御金蔵破りを持ちかけます。

 

後日、首尾よく御金蔵から

4000両を盗み出した富蔵と藤十郎。

事件のほとぼりが冷めるのを待った富蔵でしたが、

生き別れた母に会うために向かった先の

加賀で捕らえられてしまいます。

江戸に護送される道すがら、

熊谷の土手では別れた女房おさよが

娘と父六兵衛とともに駆けつけ、

降りしきる雪のなかで別れを惜しみます。

 

伝馬町の牢に入れられた富蔵は、

囚人となっても大物ぶりを発揮していますが、

やがて刑が執行される日がやってきます・・・。

 

 

 

幕末、安政の時代に起こった

江戸城の御金蔵破りの事件をもとに、

河竹黙阿弥が明治期に書き上げた作品です。

 

 

 

富蔵と藤岡藤十郎、

二人組のこの盗賊の役名は実名だそうで、

いわば実録もの。

一種のバディものでもあるのですが、

この二人の性格が、

町人の富蔵は肝が据わってふてぶてしく、

藤十郎はかつての主筋で武士ながら小心者、

対照的なのが面白い。

富蔵は松緑さん、ぴったり!

愛嬌たっぷりなのに妙にすごみがある。

相反する性格が共存したキャラクターを

自然に演じています。

そして、自然といえば、

藤十郎を演じた梅玉さん

七五調を多用した黙阿弥の台詞が

実に自然で、感動。

 

 

 

さらに面白いのが、伝馬町の牢屋の場面。

舞台中が牢で、囚人たちがずらり並んでいます。

牢名主は高々と積み上げた畳の上で、

まるで玉座についた王様のよう。

次に力を持つ者たちは、牢名主の周りに畳一枚を敷いてはべり、

その他大勢は隅の方にぎゅうぎゅうに押しやられている。

妙にリアルに映るのですが、

作者・河竹黙阿弥は、この場面を、

内部を知る人たちに取材して書き上げたのだとか。

江戸時代の囚人事情、もっと知りたくなりました。

 

 

 

江戸時代の犯罪実録、

長尺なのにあっという間に感じる面白さでした。

 

 

 

 

 

 

富蔵、怪しさ満点!

 

 

 

 

 

 

『團菊祭五月大歌舞伎』

5月26日㈰千穐楽です。