5月の歌舞伎座は

毎年恒例の「團菊祭(だんきくさい)」。

九世市川團十郎、五世尾上菊五郎の

二人の名優の功績を顕彰する公演です。

私はまず昼の部を、

昨日2日の初日に堪能してきました。

今回はその感想を。

ちょっと、いや、かなり長文になりますが、

よろしくお付き合いくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

團菊祭五月大歌舞伎

 

 

 

昼の部

一、鴛鴦襖恋睦

  (おしのふすまこいのむつごと)

 

 

 

 

 

 

源氏方の河津三郎に相撲で敗れた平家方の股野五郎は、

約束通り遊女喜瀬川を河津に譲ります。

しかし股野は、かねてからの遺恨を晴らすため、

河津の心を乱そうと

酒に雄の鴛鴦(おしどり)を殺した生血を混ぜます。

やがて泉水に、

雄鳥の死を嘆き悲しむ雌鳥の精が

喜瀬川の姿を借りて現れると…。

 

 


通称「おしどり」と呼ばれる舞踊です。

前半は、河津と股野が

相撲の起源や技になぞらえて恋争いを踊る「相撲」。

後半は、引き裂かれた鴛鴦の夫婦の情念を見せる「鴛鴦」。

まったく異なるムードの舞踊で構成されています。

三味線音楽のジャンルも前半後半で入れ替わり、

前半が長唄、後半が常磐津。
長唄の部分では、

俳優が長唄三味線の合方に合わせて

セリフを言いながら所作も行う「拍子舞(ひょうしまい)」。

独特な演出になっています

(というのは、

観劇後に調べて知ったことなのですが)。

 

 

 

河津三郎、そして雄鴛鴦の精を松也さん。

遊女喜瀬川、そして雌鴛鴦の精を尾上右近さん。

股野五郎を萬太郎さん。

松也さんはすっきりと美しく、

右近さんはたおやかで艶やか、

萬太郎さんはエネルギーたっぷり。

三者三様の個性が活きた、

幻想的な舞踊でした。

 

 

 

二、毛抜(けぬき)

 

 

 

 

 

 

お話は、一種のミステリー。

コミカルな場面もたっぷりある

肩の凝らない楽しい作品です。

 

 

 

小野小町の子孫、春道の屋敷。

家宝である小町の短冊が盗み出されたうえ、

姫君錦の前は原因不明の病にかかり

床に伏せっています。

そこへやって来たのが、

姫君の許嫁である文屋豊秀の家臣の

粂寺弾正(くめでらだんじょう)。

姫君の様子をうかがいにやって来たのです。

髪の毛が逆立つ姫の奇病を見た弾正は、

手にした毛抜がひとりでに踊り出したことから

姫の奇病が仕組まれたものでさることを見破り、

さらには両家の縁談を

破談にしようとする陰謀をも暴き…。

 

 

 

四世市川左團次丈の一年祭追善狂言ということで、

所縁の俳優がずらりそろい、

顔ぶれがたいへん豪華!

 

 

 

弾正は左團次さんご子息の男女蔵さん。

平成16(2004)年1月の

浅草公会堂「新春浅草歌舞伎」以来2度目、

20年ぶりの弾正だそう。

インタビューでは、

お父さまの弾正についてこんなコメント。

「“男の色気”というものを感じていました。

自然に湧いてくる、匂ってくるものがありました。

また、男らしさのなかに

茶目っ気もたっぷりに演じていました」

そして、今回の舞台についてはこんな言葉。

「おやじさんの背中を見ていて、

『毛抜』への思い入れが

ほかの演目とは違うと感じておりましたので、

演じさせていただけるのはうれしい反面、

正直“びびっている”部分もあります」

また、

「なるべく心を解放して、

今の男女蔵がもっているものすべてを出していければ、

という思いで、一所懸命勤めさせていただきます」

 

 

 

はたして、

初日の演技はどうだったのかと言いますと…、

心、解放されていたのではないでしょうか。

心地よい緊張の中にも、

今そこで演じている喜びを感じました。

大らかで豪快で、可愛らしさもある弾正でした。

最後の花道の引っ込みでは、

「ご一同様のおかげで、

身に余る大役もどうやら勤まりましてござりまする」

と観客に向ってお辞儀をしたのですが、

その時のお顔が実に嬉しそうで。

もちろん、お客からは万雷の拍手。

素敵な瞬間に立ち会えて、

とても嬉しい気持ちになりました。

生前の左團次さんはかなり厳しかったそうですが、

天国では目を細めていらっしゃるのでは?

 

 

 

そして、男女蔵さんの息子さんで

左團次さん孫の男寅さんは、錦の前

可愛らしくも、いたいけ。

一つ一つ丁寧に演じている印象が残りました。

 

 

 

脇を固める面々は、

菊五郎さんが小野春道、又五郎さんが八剣玄蕃、

時蔵さんが腰元巻絹、鴈治郎さんが小野春風、

権十郎さんが秦民部、萬次郎さんが乳母若菜、

松緑さんは小原万兵衛、松也さんが八剣数馬、

梅枝さんが秦秀太郎、

もう、オールスターキャスト。

それぞれに見せ場があって、楽しい、楽しい。

 

 

 

ところで、

今回の配役の最後にはこんな文字。

「後見 團十郎」

あら~、毛抜を宙に躍らせるの?

と思いきや、團十郎さんの後見は

最後の花道の引っ込みの時のみ。

でも、左團次家への思いも伝わりましたし、

めったに見られない姿に心浮き立ちました。

 

 

 

今月の歌舞伎座2階ロビーでは、

四世市川左團次さんの

思い出の舞台写真が展示されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四世左團次さんの

『毛抜』の粂寺弾正。

芸の幅の広い方でした。

 

 

 

ちなみに、今回のポスターがこちら。

 

 

 

 

 

 

男女蔵さんの弾正。

同じポーズで撮ったのですね。

 

 

 

 

 

 

歌舞伎座1階大間には

祭壇が設けられています。

 

 

 

三、極付幡隨長兵衛

  (きわめつきばんずいちょうべえ)

  「公平法問諍(きんぴらほうもんあらそい)」

 

 

 

 

 

 

大勢の客で賑わう江戸村山座。

「公平法問諍」が演じられている最中の舞台に

酒に酔って乱入した男が一人。

一同困り果てているところに現れたのが、

江戸随一の俠客の幡随院長兵衛。

手際よく追い払うことに成功します。

その様子を桟敷で見ていたのは、

旗本の水野十郎左衛門。

実は、水野率いる白柄組(しらつかぐみ)と、

長兵衛を親分とする町奴たちは犬猿の仲。

水野は長兵衛を呼び止めると、一触即発の事態に。

 

この騒動の後、長兵衛は、

水野から「遺恨を晴らそう」と屋敷に呼ばれますが、

それは当然、水野の罠。

しかし、そうと知りながら誘いを受け入れるのでした。

引き留める家族や弟子に頼みを言い残し、

水野の屋敷へ一人向かった長兵衛は…。

 

 


幡随院長兵衛は、江戸時代初期、

浅草花川戸に実在した人物。

日本の俠客の元祖と言われ、

彼を描いた物語は色々作られましたが、

そのなかでもこの芝居は、

九世團十郎に当てて河竹黙阿弥が書いた

「極付」とされる傑作です。

演じるのはもちろん、團十郎さんです。

 

 

 

幡随院長兵衛は言ってみれば孤高のヒーロー。

とにかく、カッコいいのです。

 

 

 

明治39年生まれの祖母ハツも、

生前はこの役柄が大好きだったのを記憶しています。

ただ、当時の私には幡随院長兵衛という名前はわからず、

この役のことだったのか!

と一致したのは歌舞伎を観るようになってから。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

團十郎さんがこの役を初めて演じたのは、

平成25(2013)年の「新春浅草歌舞伎」。

お父さまの十二世團十郎さんから、

生前、最後に教わったお役だそうです。

今の世では薄れつつある

「男の美学や覚悟というものの結晶が長兵衛なのではないか」

とインタビューで語っています。

舞台では、客席からの登場から、

もうカッコいいんです。

オーラがあります。

台詞回しもテンポよく、

若々しい長兵衛、堪能しました。

 

 

 

 

 

 

子分たちに、歌昇さん、尾上右近さん、

廣松さん、男寅さんなどなど。

若手がいきり立ってやいのやいの言っている姿は、

お芝居とはいえ舞台が騒然となってハラハラします。

それを長兵衛が諫める姿が、頼れる親分、

という感じでよいのです。

子別れの場面では、長兵衛の光る涙が印象に残りました。

湯殿の場面(案内をする腰元の一人が芝のぶさんでした!)は、

ちょっとあっさり?

けっこう長い立ち廻りではあったのですが。

もう一回、一幕見で確かめようかしら。

敵役の水野は菊之助さん。

この方が演じるとどうも悪い奴に見えない…。

カッコよかったけれど。

 

 

 

それから、このお芝居、前半20分くらいは

劇中劇の「公平法問諍」も観られて

お得感がありますね。

コミカルな展開で笑わせてからの悲劇、男の美学。

1時間半近くあるお芝居ですが、

見どころ満載で面白いですよ。


 

 

『團菊祭五月大歌舞伎』@歌舞伎座

5月26日㈰千穐楽です。