政府は、ついにIWC(国際捕鯨委員会)を脱退するという。
要は商業捕鯨再開に向けて賛同が得られないから、というのであり、自国の主張が受け入れられないのを理由にした脱退なのだ。
あまりにだだっ子みたいだし、そもそも私はもはや、そんなにクジラを食べたいとは思わなくなった、諸外国に背を向けてまで…。それに、国際機関からの脱退というと「連盟よ、さらば」と啖呵を切って孤立化、戦争への道を歩んだ戦前の我が国を想起させる。だから脱退には反対だ。
…ところが、新聞を見てたら、日本が国際機関から脱退したのが、戦後なんと18例もあるという。知らなかった。また、今回の脱退報道に和歌山太地や宮城気仙沼といった捕鯨ゆかりの地は喜びに沸いているという。食文化とか伝統とか、非科学的な論理はあまり好きでないが、地域が元気になるとしたら、実に好ましい。脱退もありかな、という気持ちにもちょっと傾いてる。
また、言えることは、もう無理して食べなくていいと思うようになったのは、結局長いこと食べられてなかったからだ。制約されてるうちに、制圧されてしまった。クジラが可愛いとか可哀想とか、理不尽な外圧がまかりとおった結果に過ぎないのだ。
だが…と、また後ずさりする。これまでだって、食べようと思えば決して食べられなかったわけじゃない。そういえばウチにもまだどっかにクジラの缶詰めが2、3個あったような気がする。
それでも食べなかったのは、結局、牛肉の方がよほどおいしいからじゃないか。あのころはビーフなんてめったに口にできなかったからな。
「いや、そりゃ君、ほんとにうまいクジラ肉を食べたことがないだけだよ。尾の身の刺身なんて、ほんと絶品だぞ。」
…と声をかけてきたのはグルメで名高いN翁であった。
たしかにそうかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。しかし、知らなければそれまでといえばそれまで。
日本国憲法は国際協調主義をうたっている。それなのに、しかもこれまでIWC の議論の中心にいた日本がIWCを脱退してまでの商業捕鯨再開。やはり抵抗がある。それに、少なくとも今、捕鯨を再開しないとホントに困る、食べてゆけない、人権が侵害される…という人がどれだけいるのだろうか。やっぱり脱退反対。
…いずれにせよ平成最後の年の瀬に、急に降ってわいたような、今回の脱退問題であった。
クジラ肉だけにちょっとカタイ話になりました!