長時間電車の中で立たされてるのでブログでも書こうということになった。
年末ジャンボの広告が吊り下げられている、その真下。
こうしてド派手な広告で庶民の射幸心をあおり、しかし大多数の庶民には損をさせる。それが宝くじの実態なのだ。
「いいじゃないですか。みんな夢を買ってるんですから。」
思い出すのは若手弁護士界きっての宝くじ通、B君との会話だ。
「先生も買ったらどうですか」
「いや、買わんよ。どうせ当たるわけないからね。」
「なぜ、そう言い切れるのですか。誰かが必ず当たってるんですよ!」
「その誰かが、僕や君でないことだけはたしかと思うがね。」
「しかし先生、買わなきゃ当たらない、これもたしかですよ。」
「いや、断言するよ。買っても当たらないよ。」
…と、B君と私はいつも平行線なのだった。
B君は、きっと今年もドリーム・ジャンボを買ったにちがいない。
しかし、私は、そういうB君の人生をもちろん否定しない。宝くじだってギャンブルに違いはないと思うが、競馬や麻雀、パチンコなどとちがって、宝くじの買いすぎで自己破産したとか、自殺に追い込まれたとかいう人を、少なくとも私は知らない。それは、宝くじの場合、外れても決して、いつか自分の力で取り戻せる、取り返せる、という気持ちにならないからだとおもう。つまり、『やればできるはず』という思い込みや、ある種の成功体験が紛れ込む余地がなく、身を滅ぼすほどのめりこむ人が、そんなにいないというわけだ。宝くじのプロとか宝くじ評論家とかもいない。そういう意味では、ギャンブルはギャンブルでもまだ平和なギャンブル。B君の言うとおり、夢を買う、それが宝くじの本質かもしれない。
が、それにしても、その夢、ちとでかすぎると言えないか…。 一等前後賞合わせて、なんと10億円! ゴーン前会長の虚偽記載前の年収にほぼ匹敵する。巨人のエース、あの菅野投手の来季年俸をはるかに凌駕する。そんなとてつもないお金を、ただ運がいいだけの人が手にする。これってどこかおかしくはないだろうか?
それともおかしいのは私の方かな、B君。