約束していた朝8時より10分くらい前に、その老人施設に着いた。
しかし、すでにBさんは施設を出ようとしていた。
「Bさん、Bさん」と呼び止め、一緒に近くのバス停に向かう。Bさんも最近足取りがヨタヨタと覚束なくなってきている。
「いやぁ、北海道はまだまだ寒いんですね。」
「先生、帽子かぶったらいいんだよ。似合うよ、きっと。」
「そうですかね。」
「うん。それに、髪も薄くなってるから丁度いいんじゃないですか。」と、真顔でBさん。なかなか、ここまで率直なアドバイスをくれる依頼人はいない。
途中で雨が強くなってきた。折り畳み傘の開き方がわからないBさんに、私は自分の傘を渡し、代わりに私はBさんのその傘を借りる。
「雨がひどいし、タクシーに乗りましょうか。」
「バスでいいですよ。交通費もったいないから。」
昨夜飛行機で札幌入りし、さらに夜行バスを乗り継いで当地に来た私に、Bさんは、平然、そう言った。結局、バスで市立病院へ。
精神科の受付をすまし、まずは血流検査というのを受けてもらう。検査結果について担当医の先生から説明を受けるまで、何時間待ったろうか。その間、病院の椅子でついウトウトしてしまう私を、都度、Bさんは「自民党はだめだな。」とか「昨日は日本ハムは勝ったか。」とか話しかけてくれ、起こしてくれるのでありがたい。
……さて、ようやくBさんの番がきた。もう、3回目だから、わたしもこの医師とはなんとなくなじみだ。最初に医師が、Bさんに、「お変わりはないですか。」と。すると、Bさんは「まだ『立会人』は必要ですか。こうして毎回東京から弁護士さんに来てもらうのも、申し訳ない。飛行機代とか経費も大変ですから。」などと、私を気遣う発言。
医師は、おそらくBさんがその経費を負担させられてると思ったのだろう、「そうですか。まあ、大事なところは今日で終わるから、次からしばらくはBさんだけでもいいかな。どうですか、先生。」と私に水を向けた。私は「そうですね、では、そうしていただきましょう。また、必要なら付き添いで参りますから。」と答えた。
さて、肝心の血流検査の結果だが、『後方帯状回』という部分の血流が不足している。これは、典型的なアルツハイマー型認知症の徴候だそうだ。
したがって、今日からは治療薬アルセプトの処方をしますが、いいですか……と医師。
「早期発見でよかったじゃないですか!」等々、耳の遠いBさんのプライドを害さぬよう、私が大声で通訳すると、Bさんは「私は物忘れとかは全然ない。」などと言いながら、「そうか、そうか、先生(医師)のおっしゃるとおりします。」と、治療の継続を受け入れてくれた。それは、「認知症にならないように」というお気持ちからではあるが。
Bさんとのお付き合いは、かれこれ10年になろうか。ある縁故で、身寄りのない彼の任意後見受任者となったり、遺言書を保管したり、こうしてときどき様子を見に施設を訪ねたり、なんとなく交流を続けてきた。
しかし、それだけ年月を重ねるうち、いまだ意気軒昂ではあるが、Bさんにも衰えが目立つようになり、私も髪が薄くなった。
正式な成年後見も考えなければならない時期が来たのだな。…施設への帰り道、そんなことを考えていた私に、「また、夕方、寄ってくださいよ。先生の好きなタコ、買ってあるから。ちょっとやりましょう。」と、杯を上げるポーズをしながら、あくまでやさしいBさんなのだった。
「いや、せっかくですが、今日はこれで失礼しますよ。それにしても、認知症の入り口、早期発見でホントによかったですね!」
Bさんは、まんざらでもない、といった表情であった。
しかし、すでにBさんは施設を出ようとしていた。
「Bさん、Bさん」と呼び止め、一緒に近くのバス停に向かう。Bさんも最近足取りがヨタヨタと覚束なくなってきている。
「いやぁ、北海道はまだまだ寒いんですね。」
「先生、帽子かぶったらいいんだよ。似合うよ、きっと。」
「そうですかね。」
「うん。それに、髪も薄くなってるから丁度いいんじゃないですか。」と、真顔でBさん。なかなか、ここまで率直なアドバイスをくれる依頼人はいない。
途中で雨が強くなってきた。折り畳み傘の開き方がわからないBさんに、私は自分の傘を渡し、代わりに私はBさんのその傘を借りる。
「雨がひどいし、タクシーに乗りましょうか。」
「バスでいいですよ。交通費もったいないから。」
昨夜飛行機で札幌入りし、さらに夜行バスを乗り継いで当地に来た私に、Bさんは、平然、そう言った。結局、バスで市立病院へ。
精神科の受付をすまし、まずは血流検査というのを受けてもらう。検査結果について担当医の先生から説明を受けるまで、何時間待ったろうか。その間、病院の椅子でついウトウトしてしまう私を、都度、Bさんは「自民党はだめだな。」とか「昨日は日本ハムは勝ったか。」とか話しかけてくれ、起こしてくれるのでありがたい。
……さて、ようやくBさんの番がきた。もう、3回目だから、わたしもこの医師とはなんとなくなじみだ。最初に医師が、Bさんに、「お変わりはないですか。」と。すると、Bさんは「まだ『立会人』は必要ですか。こうして毎回東京から弁護士さんに来てもらうのも、申し訳ない。飛行機代とか経費も大変ですから。」などと、私を気遣う発言。
医師は、おそらくBさんがその経費を負担させられてると思ったのだろう、「そうですか。まあ、大事なところは今日で終わるから、次からしばらくはBさんだけでもいいかな。どうですか、先生。」と私に水を向けた。私は「そうですね、では、そうしていただきましょう。また、必要なら付き添いで参りますから。」と答えた。
さて、肝心の血流検査の結果だが、『後方帯状回』という部分の血流が不足している。これは、典型的なアルツハイマー型認知症の徴候だそうだ。
したがって、今日からは治療薬アルセプトの処方をしますが、いいですか……と医師。
「早期発見でよかったじゃないですか!」等々、耳の遠いBさんのプライドを害さぬよう、私が大声で通訳すると、Bさんは「私は物忘れとかは全然ない。」などと言いながら、「そうか、そうか、先生(医師)のおっしゃるとおりします。」と、治療の継続を受け入れてくれた。それは、「認知症にならないように」というお気持ちからではあるが。
Bさんとのお付き合いは、かれこれ10年になろうか。ある縁故で、身寄りのない彼の任意後見受任者となったり、遺言書を保管したり、こうしてときどき様子を見に施設を訪ねたり、なんとなく交流を続けてきた。
しかし、それだけ年月を重ねるうち、いまだ意気軒昂ではあるが、Bさんにも衰えが目立つようになり、私も髪が薄くなった。
正式な成年後見も考えなければならない時期が来たのだな。…施設への帰り道、そんなことを考えていた私に、「また、夕方、寄ってくださいよ。先生の好きなタコ、買ってあるから。ちょっとやりましょう。」と、杯を上げるポーズをしながら、あくまでやさしいBさんなのだった。
「いや、せっかくですが、今日はこれで失礼しますよ。それにしても、認知症の入り口、早期発見でホントによかったですね!」
Bさんは、まんざらでもない、といった表情であった。