☆ 浅草を散策するBさん

 

 それでも、Bさんは、スカイツリーからの眺望を心ゆくまで堪能したようだった。

 隅田川、浅草寺、国技館、東京ドーム、レインボー・ブリッジ等々、点景をひとつひとつ確認しながら、じっくり時間をかけて下界を見下ろし続けるのだった。私は、連れてきてあげてよかった…と思った。

 浅草観光なども終え、午後330分ころ、東京駅着。

 「どうです。楽しかったですか。」と、恩着せがましく尋ねる私に「楽しかったです。」とBさんは答えてくれた。ほんとによかった。

 無理ないスケジュールを心掛けているので、観光はこのくらいにして、ホテルに戻る。

 Bさんは一風呂浴びるというので、夕食に行く時間を約束して、私は2時間くらい、ホテルのロビーで時間をつぶしていた。(その2時間、Bさんは、入浴だけでなく、下着の洗濯までしていたとのことだった。)

 さて、東京2日目の夕食だが、何を食べたいか、うなぎでも天ぷらでも、なんでも好きなところにお連れしますよ…と話していたのだが、Bさんは、焼き肉を食べたいという。

 たしかに老人ホームでは、めったに焼き肉など食べる機会がなかろう。

 私は、知り合いの韓国人がやっている赤坂の本場焼き肉店に連れて行こうかとも思ったが、Bさんが、さっき足が痛くなってきたようなことも言っていたので、ホテルの近くにある「牛角」を予約した。

 そこで、ふたりでかなりの肉、野菜、さらに〆の冷麺までたらふく食べたのだが、Bさんの言うには「牛角は九州にもある。」と。

 こういうことは、私ならわかっていても言わないが、Bさんは率直というか、正直である。これでは、俺も、いつか東京に連れて行って九州料理を食べさせたホームの園長とあまり変わりがないのかもしれないが、Bさんが久しぶりの焼き肉を相当喜んでいたのは事実のようだったからヨシとしよう。

 「いやあ、おかげさんで、たらふく食べました。」

 心なしか、帰りのホテルまでのBさんの足取りが重い。昨夜遅くまで飲んでいたし、今日は今日でスカイツリーに行ったり、浅草に行ったり、高齢者向けにゆとりあるスケジュールを組んだつもりだったが、やはり85歳のBさんには相当こたえたかもしれなかった。

 しかしながらどうしてどうして、私に向かって「昨日の美人から、『先生、今夜も来て』なんて電話かかってくんじゃないの。」と、私をからかってんのか、それとも本気なのか、なかなかに意気軒昂なこの夜のBさんであった。しかし、今夜はそのままホテルで休んでいただくこととする。

 お見送りし、また、明日の迎えの時間を約束して、Bさん上京ツアーの2日目が終わった。(つづく)