品のいい引き違い扉をガラガラと開けると、「いらっしゃいませ。お待ちしておりました!」と40代くらいだろうか、やさしい面構えの、イケ面といってよい板前さんが威勢良く我々を出迎えてくれ、白木のカウンターの一角に案内してくれた。といっても10人ちょっと座れるかどうかのカウンターだった。(電話で予約を取っておいたのだ。)

 「J先生、お久しぶりです!」

 どうやら、Jさんは、ここの常連さんのようだ。すみに置けない男だ。

 しかし、私はどうも寿司屋にしては、このお寿司屋には何かが足りないような気がした。

 そう、あのベルト・コンベアーがないではないか!

 この「辰巳」には、あの躍動感というかグルグル感というか、次に何が回ってくるかという期待感のかけらもないじゃないか。ああ、またあいつが回ってきたナ・・・というルーチン感というのか、変な納得感もないじゃないか。

 果たしてこんな寿司屋でちゃんとしたネタのちゃんとした寿司が食べられるのだろうか。

 しかし、見ていると、板前さんがその都度寿司を握り、ネタが入った冷蔵ケース越しに、お客の目の前の、なんという台か知らないが、陶器の長方形の皿に手際よくひとつひとつ置いている。その様は、グルグル感以上に、実にリズミカルで小気味よかった。

 和食が世界遺産になったというが、食文化が多様化した昨今、こういう新手のお寿司屋もついに現れたのだな。これなら、広い店舗もお金をかけた設備投資とかもたしかに必要ない。

 それになんということだ。うまい!

 中トロ、車えび、ブリ、ウニ、穴子・・・私は、私の目の前に次々運ばれてくる寿司を口に運ぶごとに、これまで食べてきた普通の寿司屋の寿司とはちがう、上品さというか、際立つ高貴な味わいに心揺さぶられた。・・・気が付けば私は泣いていた。

 「お客さん、わさびがきき過ぎましたか。」

 「いや、とんでもないです。あまりにおいしいので、これは感激の涙です。見苦しいところをお見せしました。」

 「そうでしたか。それならあんしんです。それにしても、ここで泣いている人を見たのは初めてでした。」

 板前さんは笑った。快活に。

 「年をとってから涙もろくなりましてね。」

 「いや、先生、私に比べれば若いじゃないですか。」

 ・・・85歳のJさんにそう言われてもあんまりうれしくない。

 そのJさんもいかにもおいしいものを食べた・・・といった風情で満足の笑顔。その晴れ晴れとした表情からは、彼が認知症で、ある施設に入所されており,いつも私を暗い表情で出迎える、あのJさんとはとても思えないほどであった。

 私も、ときに人を不幸や不安から解き放つことができる弁護士業という仕事に従事している。じっさいにそれほどの実績をあげてないのが悲しい限りだが。

 しかし、この無回転寿司「辰巳」は、こうして見事に、普通の人を普通に幸せにしてくれるのだ。だから、物をつくる人ってすごいな、と私は思った。

 ここのランチは、1人前3,000円である。しかし、いい店を案内してくれたJさんへの感謝の気持ち、そして、自分へのごほうびだ。(何に対するごほうびかさっぱりわからない点はひとまず措く。)

 私は非常によい気持ちになり、そのままJさんを施設に送り届けがてら家路に着いた。

 冬とはいえ、ややあったかい昼下がりだった。