しかし、もしも犯人がいて、仮に私が犯人をつかまえることに成功したとしても、そのときその女性が姿を消してしまい、要は、ハシゴを外されてしまう可能性も大いにある。
また、この時間、そもそも酔っ払いのカップルが、キャーキャー嬌態を演じていることも珍しくなく、要は馬鹿カップルの痴話喧嘩というだけの話かもしれないのだ。
もちろんそれ以上に、トラブルに巻き込まれてケガでもしたら大変だ。面倒くさいことになったな……などと考えながら、私はそこらを歩き回ったのだが、「幸いなことに」白いTシャツの男はすでに影も形もなかった。
むしろホッとした気持ちでさっきの場所に戻ったら、女性はまだそこに立っており(その意味ではハシゴを外そうというつもりはなかったらしい)、私が、男はいなくなった、と伝えたら、「すみません。ご迷惑をかけました。」と私に頭を下げた。女性はたしかに恐怖からまだ抜け切れていないようだった。
「あなたがとっさに大声を出したから犯人が逃げたんじゃないですか。」
「はい。」
まぁ、大事に至らずによかったじゃないですか、と私は言いたかったのである。そして、警察に届けるかどうかは女性に任せ、私はその場を失礼することにした。その団地に私の自宅があるのだ。
すると、その女性が私の背中にさらに声をかけてきた。(つづく)