「昭和にタイム・スリップしたような・・・」
テレビのレポーター風に言えば、そんな風になるだろうか。
静岡市内の「サウナ花の湯」。1階が銭湯で、2階がサウナなのだ。
午後9時過ぎ、私は、その2階のたったひとりの客になった。
黒ずんだじゅうたんの更衣室。警備員室のみたいな古ぼけたロッカー。
浴室の天井や壁もどこかカビついているようで、ところどころが黒い。サウナ室のギシギシいう木製のドア。レトロなタイル張りの浴槽。
しかし、客が私ひとりだけということもあろうが――シャワーのお湯の調節が若干難しかったとはいえ――旅の疲れをとるに十分な湯や水がそれぞれの浴槽にナミナミとみなぎっており、そこに鉄の蛇口から、ジョボジョボと間断なく湯水が注ぎ足されているのだった。
私はそこで2時間以上を過ごした。しかしここ「サウナ花の湯」は終夜営業ではない。そそくさと身支度し、下足札をもらう。
さて、来るときはここまでタクシーで来たが、帰りは歩いてみることにしよう。どうせヒマなのだ。
静まり返った深夜の商店街から、大型トラックが行きかう国道1号に出て、20分程度歩いたろうか。
念のため静岡駅のコンコース内に行ってみたが、あいかわらず台風で帰れなくなった人々でごった返している。寝転がっている人、行儀よくすわっている人。若い女性もちらほら。
しかし、駅の構内の、この蒸し暑さには閉口する。そしてこの空気のよどみ。
再び外気を吸おうと思って、駅前の広場に出てみたら、そこに並ぶベンチのひとつがなぜかぽっかりと空いている。私は、汚物にまみれていないことをよく確認したうえで、そのベンチにのうのうと寝そべった。ちょうど深夜の0時を回ったところ。
前の夜半分徹夜していたこともあり、私は背広のまま、ぐっすりと寝入ってしまった。
だが、いろんな夢を見て、明け方の4時ころ。どうしようもない寒さで目がさめた。
考えてみれば9月も半ば過ぎだ。
私は再度駅の構内に向かったのだが、なんと構内はガラ~ンとしている。いったいあの群集はどこに行ったのか。
見ると、新幹線ホームの改札が開いており、改札の向こうで、おそらくJRが用意したのだろう、毛布にくるまった人たちが寝そべっている。まだ一番列車が出たというわけではなさそうだ。東京行きの始発は6時22分発のこだま700号だ。
おそらくもう富士川の増水もおさまったことだろう。きっと始発は予定通り出発するはずだ。
とりあえず私もホームに上がってみた。そしたら、そこに新幹線の16両編成の車体がすでに横付けになっており、その中でほぼ満員のお客がシートのリクライニングを倒して向き向きに寝込んでいる。
駅前広場で熟睡していたがために、構内アナウンスにも気付かなかったのにちがいない。・・・しかし、運良く、ひとつ空席を見つけることができ、私もちょうどよいくらいの温度の車内で、しばらく惰眠を続けることができた。
その後5時半ころ、わたしたちは、その電車からいったんホームに下ろされ、その電車は安全確認と称し、回送列車として東京へ出て行った。
ホームに並ぶこと、約30分。すっかり夜はあけており、昨日の台風の暴風雨もどこへやら、おだやかな朝が、プラットホームの眠そうな群集をおおっていた。
私は、昨日時間つぶしに駅ビルの本屋で買った新潮新書「エコ論争の真贋」(藤倉良著)という本を、まだ10ページくらい読み残していたのを思い出し、こだま700号が来るまでの間、それを読んでいた。
著者の博覧強記ぶりに敬服。しかし、実は、六法全書と時刻表以外の本を買うなんて、丸々2年ぶりくらい。
いや、それ以上に、こうして本を読むなんていうのも果たして何年ぶりか。
いつも荷物が冗談のように重いし、移動中はきまって寝ることにしている。私はたとえ文庫本1冊でも持ち歩くことはしない。しかし台風15号でこういった待ちぼうけを食らい、時間のつぶしようがなかったので、実に久しぶりに本を買い、読書をした。夕方で仕事が終われば、毎日1冊こうして読書ができるってことなのだ。
そうこうするうち、到着したこだま700号は、超満員の客を乗せて出発し、約30分遅れで東京駅に着いた。なんとか朝一番の法律相談に間に合えたのはありがたかった。
・・・それにしても、途中でわたった橋梁。昨日新幹線の行く手を阻んでいたこの富士川は、私たちが通過したこの朝も、いまだ川幅いっぱいに満ち満ちていた。不気味に激流する泥色の大河なのだった。