夏の終わり。山形、秋田、青森、岩手と続いたみちのくの旅も、ここ宮城県仙台で終わりを迎えようとしていた。

 しかし、仙台にたどり着いた以上は、地元の大富豪Pさんにお声掛けするのが礼儀というものだ。

 「もしもし、Pさん。市川です。お元気ですか。」

 「いやぁ先生。お久しぶりです。さいきん仙台にはお越しになっていないのですか。」

 「実は今仙台に来ているのです。帰る前にご挨拶だけでもと思いましてね。」

 「なんだ、そうだったのですか。今晩は? お泊りですか。」

 「いえいえ、今晩の新幹線で帰ります。」

 「そんな。先生、せっかくですから一晩お付き合いを願えませんかね。仙台でもう一泊してってくださいよ。」

 どうせ東京に帰っても仕事はないし、Pさんのいう「お付き合い」の意味を熟知している私は、ついでに明日も一日休むことにして、「そうですか。それならせっかくですからそうさせていただきましょう。今度ばかりは本当にご挨拶だけで失礼するつもりだったのですが…」などと、ぬけぬけPさんのお誘いに乗ったのであった。世の中にはあつかましい男もいたものである。

 Pさんとおち合った私は、午後6時ころ、市内国分町の和食店にお連れいただき、地元の旬の食材をぜいたくに使ったおいしい料理をふんだんにご馳走になった。ウニ、牡蠣、サンマ…といった海の幸、あるいは季節の野菜類。世の中にこんなにうまいものがあったのか! すべてが私を打ちのめした。

 「先生、最近の学校では『聖徳太子』とは教えないんだそうですが、知ってましたか。」

 このとき私に挑戦状をたたきつけたのは、Pさんの親友で、この場に同席していた元ミス七夕のK嬢だった。

 「えぇっ、本当ですか。じゃ、なんて教えてるんですか。」

 「なんとかかんとかと言ってました。それに、『仁徳天皇陵』も、今はそう教えないんだそうです。」

 「そうなんですか。で、なんて教えてるんですか。」

 「なんとかとか言ってました。」

 K嬢と私のそんな不毛な問答を制するかのようにPさんが言った。「最後に、ご飯ものを。焼きおにぎりとかいかがですか。」

 こうして、数々のおいしいお料理をいただいた後に、さらに地元のお米で作った熱々の焼きおにぎりまで頂戴したのだが、ここで聖徳太子や仁徳天皇陵以上の驚きが待っていようとは、さすがの私も予期してはいなかった。

 その驚きの正体であるが、なんと焼きおにぎりの中に梅干しが入っていたのである。もちろん、その梅干しもまわりのお米同様、熱々のホッカホカであった。私は生まれて初めてあったかい梅干しというのを食べた。

「いやはや、こちらでは焼きおにぎりにもこうして具を入れるのですか。珍しいですね。」

「そうですかね。私はこれが当たり前と思ってますけど。」PさんもK嬢も口をそろえる。

 聞けば、仙台ではこうして焼きおにぎりの中にも、梅干しとか鮭とか昆布とかの具材を入れるのだそうだ。もしかしたら実際にはこの方があたりまえで、私の方がただ物を知らないだけなのかもしれないが…。いずれにせよ、最初のお通しから最後の焼きおにぎりまで、とにかくおいしいもののオンパレードであった。

 この後、さらにPさん行きつけの高級クラブなどにご案内いただき、杜の都の去りゆく夏の夜を、遅くまでとことん楽しく過ごした。最近仕事がぜんぜんないので「仕事を忘れて」と言えないところが問題だったが…。

 Pさん、今回も本当にお世話になりました。どうもありがとうございました。

 また、Kさん。誕生日プレゼントの“オーガニック・コットン”。ほんとにうれしいサプライズでした。

 心からお礼申し上げます。

 ・・・結局夏休みというものはとらなかったが、Pさんたちからうかがったお話の数々。今年の夏は私にとって長い人生の中でも決して忘れることのできない、とても印象的な夏となった。