仕事がなくて暇だと、お医者にかかることができていい。

 そんなことを思ったのは昨日のことだった。

 私はずっと昔から、下半身がだるくて、時々痛いことは痛かったのだが、それが3日前の午後くらいから深刻になり、これは尋常ならぬ痛みだなと思っているうちに、夕方にはろくに歩けないようになってしまった。

 それでも一昨日はなんとか足を引きずりながら仕事に出たのだが、なおるきざしがなかったで、私はついに昨日、実に何年ぶりだろうか、近所の病院に出向き、お医者さんのお世話になったのである。

 病院のロビーは朝早くから高齢者でごった返しており、私は一瞬、日本中の年寄りがここに集まっているのではないかという錯覚に陥ったほどだった。しかし私はそこに見事に溶け込みながら、しばらく名前を呼ばれるのを待った。

 そして整形外科のY先生の診察を受けたのだが、レントゲン撮影などの結果もふまえながら、Y先生は、なんの問題もありません、と私に断言した。

 私は、この痛みは、骨が折れているか、さもなければ関節にキノコでも生えているかのいずれかではないかと思っていたので、なんの問題もない、という診断には正直びっくりし、一瞬こういうのを問題発言というのではないかと思った。

 しかし、そのY先生はプロフェッショナルだ。私がよほどの自信がなければこの裁判は絶対勝てますなどとは断言しないように、Y先生もプロとしてそこまで言ってくれるのだから間違いあるまい。私はそう納得するしかなかった。

 そして、人間というのは何の問題がなくてもいろいろ痛くなったりきつくなったりする存在なのだな、と認識したのである。いや、もしかしたら、どこも痛くない、きつくないことの方が人間にとっては異常なのかもしれないのだ。

 こうして人間存在とは何か、その思索の機会を与えてくれたY先生こそ、私は、名医の中の名医ではないかと思った。

 こうして、その後も痛みはまったく引かないが、私はいたって元気なのである。