酒井法子被告の覚せい剤取締法違反事件の裁判を傍聴しようとして、7,000名近くもの人が集まったという。

 そのひとりひとりがどういった動機の持ち主だったかは知る由もないが、単なる興味本位の野次馬も少なくなかったと思う。

 裁判の公開の原則が大変重要な原則であることは間違いない。

 とはいうものの、この異常な現象にはどこか割り切れなさが残る。

 興味本位の人かどうかはどうせ区別がつかないが、裁判は見世物ではないのだ。

 最近、とくに東京地裁などは、傍聴者が多くて、開廷時刻が近づくとエレベーターなどは大変混雑する。中には裁判ウォッチングを趣味にしている人や、そういった趣味人たちのサークルのようなものさえあると聞く。それが、こうして市民が司法に大きな関心を寄せ、社会学習し、さらには進んで裁判を監視しようという傾向の表れだとすれば、私は非常に好ましいことだと思う。

 裁判批判、大いにけっこう。もちろん弁護士、弁護人としても、手を抜けない。身が引き締まる思いだ。

 しかし、聞くところによると、裁判風景をお笑いネタにしている芸人までいるという。

 今日、私は雨の中、東北地方のある都市に出張し、ある交通事故の判決に弁護人として立ち会ってきた。

 判決結果が明らかに予測できるようなケースももちろんないわけではないが、それにしても何度経験しても、また、どんな裁判でも、判決を聞くときは非常に緊張する。心臓が止まりそうになることもある。

 はじめての当事者であればなおのことだろう。

 執行猶予がつくかどうか、彼女にとってはまさに人生を左右する大変なイベント、それが判決なのだ。まさにドラマ・・・と言えばあまりに逆説的だろうか。

 いずれにせよ、裁判を傍聴する人にも、ぜひ、そういった重みというか、生の実感を察していただき、当事者(もちろん被害者も含まれる。)や家族に対する配慮を多少でもいただければ更に幸いである。

 ちなみに彼女には執行猶予がついた。

 終わって冷静に振り返れば至極当然、量刑相場どおりの判決。なんであんなにドキドキしていたのか自分が軽薄に思えてくるほど。

 が、見ていた人はどう思ったか知らないが、私は本当によかったと思っている。