以前、ある旅行で、ある弁護士さんと、同じホテルの部屋で同泊したことがあった。

 一夜明け、その弁護士が私に言ったものである。

 「市川先生のいびきはすごいですね。僕は恐竜といっしょに寝ているのかと思いましたよ。」

 その弁護士は、おそらく恐竜といっしょに寝たことがあるのだろう。いずれにせよ、私は、自分のいびきがそんなにすごいのか、と思い知らされ、以後、ごらんのとおり非常に謙虚な人間に育ったのであった。

 それはともかく、今日の東京608分発、新潟行きの「とき301号」車内に響き渡っていたその男性のいびきは、世界最高峰の前衛音楽といってよいものだった。

 …朝早い新幹線に乗るために、私も含め、みんなものすごく朝早く起きてきている。睡眠不足の乗客が多い。

 実は私も道中、車内ではぐっすりと寝ていくつもりであった。

 ところが、眠れない。

 それはもちろん、その男性のいびきのせいだ。決して悪気はないのだし、彼を非難する気にはなれない。

 ただ、これだけの大音声だ。私は、彼が私のすぐそばの席で寝ているのだとばかり思っていた。

 ところがよく見るとちがった。見回してもいびきの主の影も形もない。

 私は、車両のいちばん東京寄りに座っていた。ところが、彼は、驚いたことに、なんといちばん新潟寄りに座っているではないか。

 まさにいびきの王様。いや、いびきというより地鳴りとでも言うべきではなかったか。

 しかし、この反対側の席にいる私ですらこれだけ驚嘆し感動している。まして…。そう、彼のすぐ近くに座っている乗客こそ、まさに勲章ものといえないだろうか。私はかれらの忍耐、辛抱強さに心からの拍手を送らずにいられなかったのである。

 みんな一見ちゃらんぽらんな若者なのに…。後生畏るべし!

 かくして、今朝の「とき301号」の車内は、私にとって修羅場であり、劇場であり、また、ある種の「教室」でもあったのである。

 なお、彼が自分のいびきの大きさに気付いているのかいないのか、もちろんそれはわからない。