それは私にとっては、ひとつのリベンジといえた。
つい先日、東海道線のH駅構内のカレー店で食べたカレーにあまりの物足りなさを覚えた私は、どうしてもきちんとしたカレーを食べなおしたいという気持ちに支配されていた。
ここ京浜急行P駅近くのカレーショップQ。私は改めてカレーライスを食べることにした。
Qに入店。
まだ11時だというのに、店内はたいへんな賑わいだ。
かろうじて空いた椅子を見つける。驚いたのがその重さだ。ずっしりとしたパイプ椅子を引き、腰を落ち着ける。高級な椅子は概して重い。この店は高級ですよ・・・と椅子が語ってくれる。
カレーの値段も通常店にくらべ、かなり割高なように感じられる。
よかろう。
さっそくメニューの中から、私は、「ビーフひき肉カレー《辛口》」というのを選んだ。
メニューに載っていた写真を見る限り、非常においしそうに見えたからだ。しかし、真のおいしさは写真ではわからない。
そのことを悟るのにさして時間はかからなかった。
最近の私のカレー屋を見る目は厳しい。
ほどなくして注文したビーフひき肉カレーが運ばれて来たのだが、さっそく私は、この店のお客はなぜこのことに気付き、怒りの声を上げないのか…という矛盾点をひとつ発見してしまった。アラさがしは下級弁護士のもっとも得意とする技だ。
カウンターや各テーブルの上には、「辛味エキス」なるものの小瓶が置かれていた。
私が注文したビーフひき肉カレー《辛口》は、《レギュラー》より50円高い。
ほかのカレーも、辛口はみなレギュラーより50円増しになっている。
ところが、配ぜんの際、店員は上記小瓶を指さしながら私に言ったものである。
「辛味が足りないようでしたら、この辛味エキスをお使いください!」と。
…ということは、なにも50円プラスして辛口カレーを頼まなくても、レギュラーを頼んでこの辛味エキスをかければよかったってことじゃないのだろうか。
私は、あやうく「これじゃなんのための50円かわからないじゃないですか。」と、悲痛な魂の叫びを発するところであった。
しかるに、このように配慮を欠いた店なのに、なぜかくも繁盛しているのか。
もちろん、駅まですぐという立地は捨てがたい。が、それだけでは…。
しかし、すぐわかった。
この店の店員はみな若い女性ばかりであるところ、そのひとりひとりがはっきり言ってみんな美人だ。そして、彼女らは、店主の趣味かどうか知らないが、ほとんどヒップも丸出し…とまで言えば言いすぎだが、超ミニ・スカートの制服を着させられている。しかも、そのスカートがいかにも窮屈そうでありながら、生地が薄く、中には大胆な下着のラインを見せ付けるようにしている店員もいた。
冷静に考えると、やや異様な光景といえた、悪くはないが・・・。
それでもここは駅の近くの一カレー屋なのだ。
女の子でなく、カレーの味で勝負してもらわねば困る。飲食店に勝負なんとかは無用なのだ。
ところで、運ばれてきたカレーのルーは、まさにうまそうなカレー色、つまり黄色でも茶色でもない、まして黒でも赤でもなく、まさにカレー色としか名状しようがない、いかにも匂い立つようなあの色であり、たっぷりと混ぜ込まれたひき肉でこんもりと盛り上がっているさまも生々しく、見ているだけでよだれが出てくる。
さらにうれしいのは、福神漬だけでなくらっきょうも無料で供されるところだ。最近のこの種の店は、福神漬はタダだが、らっきょうは有料というところも珍しくなく、私が福神漬ならやっかみのひとつも言いたくなるところだ。
しかし、ここではふんだんならっきょうもタダで食べられる。実はこれがこの店の最大の救いであると後でわかる。
さて、肝心のひき肉カレーだが、たしかにひき肉たっぷり。あまりに腹が減っていた私はこれをガツガツと口に運んだ。しかし、夢中になって食べ終えた後わかったことがある。
ビーフひき肉カレーという以上、このひき肉が牛肉だったのは間違いあるまい。
しかし、冷静に振り返ってみれば、牛肉の味、否、肉の味が全然しなかったのだ。そう、ひき肉としては、おいしいというより、あえて正直に評すればまずかった。
残ったのは、ギスギスした食感だけ。
食べ終えて思ったが、あれは牛ひき肉といっても、牛の頭や骨もまるごとミンチにした、いわゆる肉骨粉ではなかったか。いや、それ以上にあの味気なさからすれば、あるいは、単に卵の殻を砕いたものだと言われれば、そんな気もするし、魚の鱗だと言われれば、そんな気もする。
こんなことは、メニューの写真だけではわからない。さっき、「真のおいしさは写真ではわからない。」と書いた。
しかし、まずかったと書いた覚えはない。
結局、カレーとして、うまかったのかまずかったかといえば、このビーフひき肉なればこそ抜群にうまかったのだ。カレー・ルーのうま味が引き立って…。
それに、上質な肉であれば、いっしょに福神漬やらっきょうを食べようという気にならないではないか。それが、このビーフひき肉なればこそ、福神漬やらっきょうの食も進むのである。
私が福神漬やらっきょうであったら、ここのビーフひき肉には満腔の謝意を呈したいところだ。
ありがとう、みなさん! おかげでリベンジは成功した。
外では、この店に入ろうという客が列をなしていた。
レース・クィーンかイベント・コンパニオンかキャバクラ嬢にでもなった方がよかろうと思える背のすらっとした店員が「下げてよろしかったでしょうか。」となぜか過去形で私に問い、テーブルの上を片付け始めた。それは、オッサン目障りね、早く帰ってよ…というサインにちがいない。
自分で言うのもなんだが、私は空気が読めるオッサンだ。
「ごちそうさま。」と言い残し、レジで勘定をすますと、私は雨の店外に出た。
列をなしているお客に聞こえよがしに「あぁ、うまかった。ここのビーフひき肉カレーは!」とひとりごちながら。
そして、傘をさして列に並ぶこのお客たちの中に、私のような真の食通が何人いるのだろうか、などと思いめぐらしながら。