ゴールデン・ウィークのさ中ということもあり、下りの便はとても込んでいたが、上りの便はガラガラだった。
私は、幸い非常口席を取ることができ、足を伸ばしながら機中ではほとんどウトウトしていた。が、まもなく羽田空港に着陸です・・・という機内アナウンスで目がさめる。
私の斜め左には、乗務員さんの作業スペース(厨房?)があり、いろんな備品が機能的に配されている。機内で飲み物を配ったりするとき使われるワゴンみたいなものも4、5台、役目を終えて今は壁の中にキッチリ格納されている。
飛行機はいよいよ着陸態勢に入り、下降にかかろうとしている。・・・とそのとき、私は赤い留め金が上向きになったままのワゴンがひとつあるのを発見した。
みなさまご覧になったことがあるだろうか。ワゴンの格納スペースの上部には時計の短針みたいな赤い留め金がついていて、ワゴンが納められるとその短針みたいな留め金を下向きに下ろし、ワゴンが手前に出てこないよう押さえる仕組みになっているのだ。
乗務員らは、すでに各自着席してしまい、ワゴンのところにはだれもいない。
このままでは、危険じゃないのか。着陸の衝撃でワゴンが飛び出してきたりしたら・・・。
私は、斜め前に座っていた乗務員にそのことを指摘してあげようか・・・と思った。
しかし、あまり余計なことをしても・・・という、いつもの事なかれ主義も頭をもたげる。
それに、いかにもスチュワーデスさんに何か話しかけたくて話題づくりしてるんだろう・・・とか、「話したがり屋」のオッサンと思われるのもいやだ。
私は何にせよ、しゃしゃり出るのが好きではないし、たださえ楚々としてる乗務員さんに煙たがられるのは趣味じゃない。
ただ、飛行機はいよいよ着陸態勢だ。
このままではもしかして本当にヤバイことになりかねない。やっぱりひとこと言ってやった方がいいんじゃないか。
いやいや、やめとけ。私が気付いたくらいだ、乗務員が気付いていないはずがない。わかったうえで、ああなっているのに違いない・・・。
しかし、盲点ということもある。取り返しがつかないことになってからでは遅い・・・。
言う、言わない・・・なんでこんなくだらないことで悩むんだ。・・・私はついに勇を奮って、近くに座っていた乗務員に「あそこのワゴンの留め金がひとつ下がってないけどいいのですか。」と話しかけた。「余計なことかもしれないのですが。」と付け加えるのも忘れずに。
しかしそう言われた乗務員は、チラとワゴンの方を確認した後、ややあって私に「ありがとうございます。大丈夫です。車輪の方にストッパーがかかっていますから。」と、じつ~に丁寧に答えた。確認しているときの彼女の顔は見えなかったが。
「あ、そうでしたか。大変つまらぬ余計なこと言ってすみませんでした。」
私の予想が絵にかいたように当たった。きっとバツが悪い思いをするに違いない・・・という方の予想が。だから言ったろう、オッサン、よけいなことは言うなって。
留め金がかかってなくたって大丈夫ならそれでいいのだ。
5,6分後、たしかに飛行機はつつがなく着陸し、ワゴンが逆走してくることもなかった。
ところで、さっきの乗務員は、反対側に座っているベテラン乗務員に「へんなオヤジにからまれた。」とでも伝えたらしい。私が飛行機を降りる支度をしていると、そのベテラン乗務員が「いかにも」といった感じで、「先ほどは貴重なご指摘をいただきましてありがとうございました。大変失礼をいたしました。」などと歩み寄ってきた。とりあえず謝っておけば間違いないだろう・・・という発想が働いているのは明らかだった。
私はこの乗務員にも、「いえ、余計なことで失礼しました。ちょっと気になっちゃったもんですから。」と、なんと“お詫び”と“釈明”をしたのである。さすが下級弁護士だ。
しかし、よくよく考えてみると、車輪にストッパーがついているなら、赤い留め金は最初から必要ないはずだ。仮に車輪にストッパーがついていたとしても、二重に危険防止すること自体に意味があるのではなかろうか。ストッパーが効かないということもありうる。現にほかのワゴンには赤い留め金がちゃんとかかってたじゃないか。
大げさに言えば、こういう日常的な危機管理の甘さがいつ大きな事故の遠因にならぬとも限らないのである。
・・・うるさい人なら、そんな風に乗務員に説教を垂れたことだろう。
私のあるお客さんの顔が目に浮かぶ。
なお、乗務員さん達の作業風景を眺めていると、離着陸時の安全確認など、ひとりだけでなく何人もの人がくどくどチェックをしているのがわかる。これまた二重、三重の危険防止のはずだ。
あの赤い留め金。それがかかっていないことに乗務員がだれも気付いていなかったのか、それとも気付いていたのか、私は、むしろそれが知りたかった。