午後、中央線の三鷹駅で、2時間以上も時間をつぶす必要が生じた。

 私は、その間「季刊 刑事弁護」でも読んでいようと思い、駅前あたりにマクドナルドとかミスター・ドーナツがないかうろうろしたが、私が見た限りそのテの店は見当たらなかった。三鷹はなかなか珍しいところだな、と思った。

 しかし、駅ビルの1階にベッカーズがあったので、私はそこに入り、隅の方の席で「自家製ジンジャー・エール」を飲みながら読書を始めた。

 そうしたら、その更にとなりの一番奥の席に、いかにもいわくありげな初老の男女が座り、なにやら話しを始めた。

 私は最初、熟年不倫のカップルだろうかと怪しんだのだが、ふたりの放つオーラの怪しさはそれどころではなかった。

 そっと聞き耳をそばだてていると、この二人は何らかのトラブルへの対策について話し合っているようだった。

 ときどき男の方の声がでかくなりかけると、老女の方がいかにもたしなめるという風に応じ、話の内容の肝心な部分はいつもヒソヒソ話になってしまうのだった。

 しかし、男の方が、西郷とかいうヤクザ者らしき男といっしょに、山梨県の大月にいるある男に会いに行く、女には迷惑をかけたのどうの・・・といった、なにか男女のもつれの話、しかし、そこに金銭的ななにかがからんでいるような気配はありありとあった。

 「俺は、昔かたぎのバクチ打ちだ。だから悪いことはしないよ。」よく聞いていたら、男がそんなことを言っていた。昔かたぎのバクチ打ちは悪いことをしないのだろうか・・・。

 他方、老女は「だれかいい人いませんかねぇっていうんで、私は紹介したのよ。」とかなんとか。「売春の斡旋ってぇんじゃないんだからさ。」とも。

 どうも、彼らは限りなく不透明な男女交際の斡旋を業としている連中で、そのプロセスでなにかゴタゴタが発生したような気配があったが、詳細はもやもや。肝心なところはヒソヒソ話になり「あれする。」だの「これする。」だの、話題が特定されない。

 「西郷はアレのくせに、コレが多いんだよ。」

 男は身振りを交えながらしゃべっているようだった。そしてたびたび席を立っては、決して品が良いとはいえない声で携帯電話をかけていた。

 「季刊刑事弁護」の記事などとうてい私の頭に入らなかったのは言うまでもない。

 「話は違うが・・・」と女が別の話題をふった中では、なにか新潟の不動産トラブルみたいな話も出てきて、相手にはもう弁護士がついている云々とかいう会話もされていた。

 そしてまたさっきの大月?に行くとか行かないとかいう話しに戻ったが、老女は、男がその目的地について行くことにはどうも猛反対しているようであり、男の方がどちらかというとタジタジになっていた。

 その時点ですでに1時間以上が経過し、男は老女のために追加のコーヒーを頼みに行き、砂糖とミルクを取りに行ってやったりもしていた。盗み見ると、男は、プロ・ゴルファーの青木功をちょびっとふっくらさせたような感じで、古ぼけたジャンバーを着ていた。

 まるで冬に逆戻りしたかのような寒い雨の日であった。

 大いに興味をそそられたが、いったいどういう密談だったのか、結局はわからずじまい。

 ただ、最後に「じゃあ、明日午後1時にここに西郷を呼ぶから、またここで会おう。」と言って、ふたりはベッカーズを出て行った。彼らの正体をさらにつきとめたければ、明日の午後1時に三鷹駅駅ビルのベッカーズに来ればよいということになる。

 モヤモヤのまま、お客さんとの約束の時間が迫り、私もベッカーズを後にした。

 意外にも2時間たつのは早かった。この2時間で、「季刊刑事弁護」は3ページしか読むことができなかった。