マニア・マニエラの時代
ムーンライダーズの「マニア・マニエラ」は、1984年に聴き続けていた3枚のアルバム(ルースターズ「Dis」、P-Model「Scuba」、ムーンライダーズ「マニア・マニエラ」)のひとつだった。
「斬新すぎて売れない」という理由で、一度発売中止になったこのアルバムは、当時最新鋭のコンピューターを外部の影響を受けずに手探りで音楽に取り入れ、「工場」「薔薇」「労働者」などのキーワードを持った最高の曲を、思うままにアレンジし、演奏している。
レコーディングが生演奏だった時代に、「機械」を使って制作された創造性に溢れる「新しすぎた音」は、いま聞いても新鮮だ。
かつて東京近郊のニュータウンで生まれ育った自分に、どこにもない「とてもリアルだけどリアリティのない何か」を、このアルバムは示してくれた。
ムーンライダースは6人のメンバー全員が曲を書き、メインソングライターに鈴木慶一、鈴木博文、かしぶち哲郎がいる。
それぞれ違う個性を持った曲を、特にこのアルバムではメンバー全員で「ムーンライダースの音楽」としか言えないアレンジを加えている。
鈴木慶一は、ずっと実験的な部分を失わなかったバンドのリーダーシップをとっていた。時代を切り拓いていくような、言葉では説明しにくい才能を持っている。
キーボードの岡田徹がメロディを、ゲストの佐藤奈々子が歌詞を書いた、アルバム1曲目の作詞も作曲もしていない“Kのトランク”は最も鈴木慶一らしさが出ていると思う。
遠いパノラマ 光の速さで
もうお別れさ さようなら さようなら
住み慣れた 二十世紀の街
花火のように 過去が消える
誰よりも先に旅の支度 終えたいま
Kのトランク あの歌を 連れてゆこう
I Can’t Live Without a Rose
薔薇がなくちゃ生きていけない
Kのトランク
どこか孤独な詩人のようなイメージのある鈴木博文が書いた、“滑車と振子”は他のどんな曲にも似ていない。
イメージ豊かな短い歌詞、繰り返されるシンプルなリズム、冷ややかなメロディー。
朝のテーブル
朝のテーブル そして
雪になった窓
寒いよ ぼくと 滑車
滑車と振子
かしぶち哲郎は2013年に亡くなってしまった。ロマンティックで完成度の高い彼の音楽に、斬新で同時代的なアレンジを加えていくところが、ムーンライダースの一つの大きな個性だった。
かしぶちが書いたアルバム最後の曲、“スカーレットの誓い”はバンドのアンセムとなり、ライブに欠かせなくなっていった。
スカーレットの誓い
“Kのトランク”と“スカーレットの誓い”の歌詞には、同じフレーズが出てくる。
「薔薇がなくちゃ、生きていけない」、「I Can’t Live Without a Rose」という、このアルバム全体を象徴するその歌詞は、ドイツのアーチスト、ヨーゼフ・ボイスのメッセージから引用されている。
ムーンライダーズは1970年代から2011年まで活動を続け、アルバムごとに特徴を変えながら、とても良い音楽を長く作りつづけてきた。
その中でも、「マニア・マニエラ」は海外の音楽の影響がほとんどなく、時代の急激な変化の中で、自分たちのクリエイティビティだけでつくられた特別な作品だと思う。
そして1984年にリアリティがあった音楽とメッセージは、21世紀になって20年過ぎた現在も、ぼくにとってリアリティを失っていない。
檸檬の季節 (LIVE at Ebisu Garden Hall, 2022)