私たちは日々、膨大なコンテンツや情報に触れています。しかし、その中で心に深く刻まれ、数年経っても色褪せない「感動」に出会える機会はそう多くありません。
なぜ、ある作品には涙し、ある表現には衝撃を受けるのでしょうか。その境界線は、具体化の精度が、受け手の想像を遥かに超えているかどうか、にあります。
脳は「既知のもの」に反応しません
人間が感動する瞬間。それは、自分の脳内にストックされていない「未知のデータ」に遭遇した時です。
例えば、記録的な大ヒットとなった映画『鬼滅の刃』を思い浮かべてみてください。
あの作品がこれほどまでに人々の心を掴んだのは、単にストーリーが秀逸だったからだけではありません。アニメーションとしての「具体化」が、観客の想像を凌駕していたからです。
- 「刀を振る」という動作に対し、浮世絵の技法を彷彿とさせる鮮やかな波紋が重なる。
- 雪山の冷気や、キャラクターの切迫した呼吸の音までが、執念に近い精度で作り込まれている。
これを見た観客は、「そこまでやるか!」「そんな見せ方があったのか!」と驚愕します。
脳が過去に経験したことのない情報の密度に触れたとき、私たちはそれを「感動」と呼びます。逆に言えば、予測の範囲内に収まっている「当たり前」の表現では、脳は省エネモードに入ってしまい、感情の針は1ミリも動きません。
日常の仕事に宿る「想像を超える具体化」
この「想像を超える」という考え方は、映画やエンターテインメントの世界だけのものではありません。
私たちの日常の仕事においても、全く同じことが言えます。
私自身も仕事をする際、常に「お客様の想像の先を見越して行動すること」を大切にしています。
それによって、お客様からいただける「ありがとう」という言葉の強さを日々実感しています。
例えば、毎日の「挨拶」ひとつをとってもそうです。お客様が「これくらいだろう」と想像するよりも、ずっと元気で大きな声を出して挨拶をしてみる。
たったそれだけのことですが、その徹底した具体化が、自然とお客様を笑顔に変え、その場の空気を一気に明るくします。
「そこまで元気に挨拶してくれるのか!」という小さな驚き。お客様の期待を少しだけ超える行動を積み重ねることで、笑顔の輪が広がっていく。
これもまた、立派な「想像を超える具体化」のひとつです。
「当たり前」をずらし、逆転させる思考法
感動を生むためには、徹底的に「当たり前」を排除しなければなりません。 そのためのヒントは「漫才」という文化にも隠されています。
漫才の基本は、日常によくあるシチュエーションを具体化することから始まります。しかし、そのまま具体化すればただの日常会話で終わってしまいます。
そこに「ボケ」という要素が加わります。 ボケとは、普通ならそうは考えない方向への、極端な具体化のことです。
・「コンビニの店員」という設定(日常) ・「いらっしゃいませ」の代わりに「いらっしゃい、よく来たな。まずは武器を捨てろ」と言う(ずらし・逆転)
この「ありえない具体化」に対して鋭いツッコミが入ることで、観客の脳に「その発想はなかった!」という刺激が走り、笑いという名の感動が生まれます。
感動を作るための思考の訓練
では、どうすれば「想像を超える具体化」ができるようになるのでしょうか。日常のあらゆる事象に対して、次のような問いを投げかける習慣が不可欠です。
- 要素を分解する:その事象を構成する要素(音、表情、動作、時間など)をバラバラにします。
- 極端に振る:挨拶なら「声の大きさ」、描写なら「細かさ」など、要素の一つをありえないレベルまで強調してみます。
- 違和感を形にする:生み出された違和感を、他人が理解できる形として徹底的に具体化します。
「当たり前」を疑い、その先にある「未知の具体化」に手を伸ばすこと。その執念こそが、人を感動させる唯一の道といえるでしょう。
今回のまとめ
- 感動の正体は「未知」との遭遇:脳が過去に経験したことのない情報の密度や、予想外の具体化に触れたとき、人は心から感動します。
- 仕事の質は「想像の先」で決まる:挨拶一つでも、相手の期待を超えるレベルで具体化すれば、感謝の強さが変わります。
- 「ずらす・逆転させる」思考法:漫才のボケのように、日常をあえて普通ではない方向へ具体化することで、強い刺激が生まれます。
- 「そこまでやるか!」が信頼を生む:細部まで突き詰める執念が、熱量として伝わり、相手との深い信頼関係に繋がります。
ずらして、具体化をしてみる
人は、自分がすでに知っている世界を再確認するために表現やサービスに触れるのではありません。
自分一人では辿り着けなかった「視点」や、体験したことのなかった「驚き」を見せてくれる何かを、常に渇望しています。
皆さんの発する言葉が、あるいは日々のちょっとした行動が、誰かの「想像の枠」を突き破ったとき。その瞬間に、爆発的な感動が生まれます。
「そこまでやるか!」と言わせたら、私たちの勝ちです。 日常の中に潜む「当たり前」を、今日から少しだけ「ずらして、具体化」してみませんか?
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