サッカーにおける「分業」を支える真の土台は、戦術理解や個人のスキル以上に、仲間に対する無条件の「信頼」です。
背中を預ける勇気:オーバーラップという「献身」の正体
例えば、サイドバックの選手がリスクを冒し、勇気をもってオーバーラップ(前線へ駆け上がること)を仕掛ける場面があるでしょう。
このとき、サイドバックの背後には広大なスペースが生まれます。もしボールを奪われれば、そこは相手にとって絶好のカウンターの餌食となります。
それでも選手が迷いなく駆け上がれるのはなぜか? それは、「自分が空けたスペースを、センターバックやボランチが必ず埋めてくれる」と確信しているからです。
「もしカバーに来てくれなかったらどうしよう」という不安を抱えたままでは、サイドバックのスプリントのスピードは鈍り、攻撃の質も中途半端なものになってしまいます。
自分の役割に100%没頭できるのは、仲間の役割を100%信じ、自分の背中を預けているからです。
疑心暗鬼が組織を破壊するメカニズム
逆に、チーム内に
「あいつは守備が軽いから抜かれるかもしれない」
「あいつはサボるからカバーに期待できない」
という疑念(疑心暗鬼)がはびこっていると、チームは内側から崩壊しはじめます。
一人の選手が仲間を疑うと、本来自分が守るべきポジションを離れ、余計なカバーに走るようになってしまいます。そうなれば今度は、その選手がいたはずの場所が空く。
そして別の選手がそこを埋めるために動かされる。。。というドミノ倒しのような悪循環が起こってしまいます。
「味方を疑うこと」が生んだポジショニングの迷いが、結果として守備組織全体のバランスをバラバラにし、決定的なピンチを招いてしまうのです。
条件なしの信頼:不完全さを受け入れる
アドラーは、過去の実績や証拠があるから信じる「信用」ではなく、あえて何の保証も条件もつけずに相手を丸ごと信じることを「信頼」と呼びました。
ピッチの上に、完璧な選手など一人もいません。ミスもすれば、走り負けることもあります。
しかし、仲間の不完全さ(ミスの可能性)を責めるのではなく、それをあらかじめ受け入れ、「もしミスが起きても自分が、あるいは誰かが補う」という前提で走り出すこと。
この「根拠のない信頼」に基づいた繋がりこそが、バラバラの11人を一つの調和した生命体へと変えるんです。
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