「あー、また来週もこの資料作りか。面倒くさいなぁ」
「なんでこんな新しいシステム導入しなきゃいけないんだ、覚えることばかりで頭がパンクしそうだ」
私たちの日常は、こうしたささやかな愚痴と常に隣り合わせです。
口を開けば、ついこぼれてしまう不平不満。
しかし、もしあなたが今、そんな愚痴をこぼしたくなるような「困難」や「新しいこと」に直面しているとしたら、それは案外、幸せなことではないでしょうか?
想像してみてください。もしあなたの目の前に何の困難もなく、毎日が全く同じことの繰り返しで、新しいことへの挑戦が一切ない日々だったら。。。
確かに愚痴は生まれないかもしれません。しかし、そんな日々はきっと、あっという間に一年が過ぎ去ってしまうでしょう。
昨日と今日が同じで、今日と明日も同じ。刺激も変化もない時間は、まるで砂地に水が染み込むように、何の手応えもなく過ぎ去っていきます。
気づけば年末、また一つ歳を取り、一体この一年で
何を経験し?
何を学んだのか?
思い出せるものなど何もなかったりする。。。
そんな人生に、果たして充実感はあるでしょうか?
「私たちは歳を重ねるごとに、一年が早く感じられるようになる」という話をよく耳にします。
つい先日お正月だったはずなのに、もうお盆、そしてもう年末。
時の流れが加速しているかのように錯覚する。これは一体なぜでしょうか?
逆に、小学生の頃を思い出して見てください。あの頃の一年は、まるで永遠のように長く感じたのではないでしょうか。
夏休みが来るのが待ち遠しくて、カレンダーの数字を一つ一つ指でなぞった記憶。
運動会や遠足、発表会。一つ一つの行事が大イベントで、その準備期間から当日、すべてが色濃い経験として脳裏に焼き付いている。
新しい友達との出会い、初めての習い事、苦手な算数との格闘。毎日が発見と挑戦の連続。
それら一つ一つの「新しい経験」が、時間を区切り、記憶に刻まれることで、一年という期間が長く、濃密に感じられたのでないでしょうか。
私たちの時間の感じ方は、「新しい経験」の量に比例します。
新しい挑戦が多ければ多いほど、時間は長く感じられ、記憶に深く刻まれるのです。
そして、その新しい挑戦の多くは、多かれ少なかれ「困難」を伴います。だからこそ、人は「面倒くさい」「しんどい」と愚痴をこぼすのです。
だから、もしあなたが今、愚痴を言いたくなるような状況にいるとしたら、それはあなたが新しいことに挑戦し、自分を成長させようとしている証拠です。
その愚痴は、停滞ではなく、没落ではなく、変化と成長の過程で沸きだす「頑張っている証」なのだと捉え直すことはできないでしょうか?
自らの手で解決できることであれば、できる限り「挑戦」してみましょう。
例えば、家の庭に草が生い茂ってきて「もうどうしようもない!」と愚痴をこぼす。その愚痴を、解決への第一歩に変えてみるんです。
まずは「草を抜く」というシンプルな行動から始めてみる。しゃがみ込んで、一本一本、根っこから丁寧に。腰は痛いし、汗は止まらない。
また愚痴の一つや二つ、こぼしたくなるでしょう。しかし、その作業を通して、草の種類によって根の深さが違うこと、土の質によって抜きやすさが違うことなど、様々な発見があります。
次に、「どうすれば草が生えてこないようにできるか」を考えてみる。そして、それを調べる。
すると、驚くほど多様な情報があなたの目に飛び込んできます。例えば、昔から伝わる土壌改良の知恵。太陽光を遮断する防草シートの存在。特定の色が草の生育を阻害する効果があるという意外な学説。
さらには、手動の草刈り機から電動、ガソリン式、ロボット式に至るまで、様々な草刈り機の種類とそれぞれのメリット・デメリット。そして、それらを扱うプロの業者の存在まで。
ただ草を抜くという一つの愚痴から始まった行動が、いつの間にか「草」というテーマに関する専門家レベルの知識へと繋がり、解決策の引き出しを何十個も増やすことができます。
そして、その知識と経験は、あなたの人生における他の「困難」に直面した時にも、必ず応用できる知恵となります。愚痴の種が、学びと成長の栄養に変わるのです。
一方で、自分で解決できないこと、あるいは解決するのに膨大な時間や労力がかかりすぎることは、潔く「スルー」する勇気も必要です。
他人の言動、社会の不条理、コントロールできない未来の不安。これらは私たちの心に常に影を落とし、多くの愚痴や悩みの種となります。
しかし、それらを無理に解決しようと動くことは、エネルギーの無駄遣いになりかねません。
スルーするとは、無関心になることではありません。それは「自分にはどうにもできないことだ」と受け入れ、自分の心の中から一時的に、あるいは永続的に「手放す」技術です。
この技術を身につけることで、他人の評価や世間の常識といった、自分ではコントロールできない外部の要因に心を乱されることが劇的に減ることになります。
これは、実はとてつもなく「すごいこと」です。なぜなら、ほとんどの人が、他人のことや外部の要因で悩み、苦しみ、愚痴をこぼしているからです。
その悩みから解放され、自分の内なる声に集中できるようになれば、あなたはもっと自由に、もっと創造的に生きられるようになります。
愚痴りたくなるような困難や新しい挑戦がある環境は、一見すると不満ばかりに思えるかもしれません。
しかし、それは「新しい経験」と「学びの機会」に満ちた、紛れもない「幸せな環境」なです。
そして、その困難を自ら解決しようと挑戦すること、あるいは潔くスルーすることの選択は、あなたの人生をより豊かに、より主体的にするための強力な武器となります。
だから、今日も目の前の「愚痴」を、成長の糧に変えていくべきです。
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