「あなたの『宴(うたげ)』は、何ですか?」
そう聞かれて、あなたはパっと思いつくものがあるでしょうか。 「宴」なんて言うと、なんだか豪華なパーティーや、大勢で集まる賑やかな席をイメージしてしまいますよね。
私的には、ワンピースでルフィーが叫ぶ「宴だー!!」が思い出されます(笑)
しかし、私がここでもっと言いたいことは、ささやかで、もっと個人的な、自分だけの「至福の時間」のことです。
人生って、本当にいろいろなことがありますよね。
- 一生懸命やっているのに空回りしたり、
- 誰かの言葉に傷ついたり、
- どうしようもない悲しみに暮れたり、
それでも私たちが前を向いて歩いていけるのは、胸の中に「これがあるから頑張れる」という、自分だけの「宴」を抱いているからではないでしょうか。
目標と、その足元にあるもの
人にはそれぞれ、目指している目標があります。
- ある人は、100メートルを9秒台で駆け抜けるような、誰も見たことのない景色を目指しているかもしれません。
- ある人は、ワンシーズンで100ゴールという、歴史に刻まれるような成果を追い求めているかもしれません。
- あるいは、自分の仕事の分野で最高のトロフィーを掲げることを、人生の目標にしている人もいるでしょう。
こうした大きな目標は、私たちを突き動かす素晴らしいエネルギーになります。 けれど、そんな遠い頂上へは、ひとっ飛びで行けるわけではありません。
今日という一日をどうにかやり遂げて、小さな、泥臭い「達成」を積み重ねていく。その一歩一歩の積み重ねがあってこそ、ようやく辿り着ける場所です。
だからこそ、私たちには「毎日の宴」が必要なのだと、私は強く思うわけです。
ハイボールに込めた「自分への証明」
私の宴が何か、 それは仕事が終わった帰りの特急列車で飲む、一缶のハイボールです。
「なんだ、酒か」と思うかもしれません。「ただのアル中か」というかもしれません。
たしかに、ただのアルコール(汗)でも私にとって、その一杯は単なる飲み物ではありません。
その瞬間を迎えるまでに、自分の持てるすべての力を、今日という日に注ぎ込んできた。脳みそが疲弊するまで考え、体がヘトヘトになるまで動き回った。そうやって、すべてを出し切ったからこそ、そのお酒が飲める。
その一口が、喉を通り抜ける瞬間に「ああ、今日もやり遂げたな」という実感が湧いてくるんです。
それは、今日という戦場を生き抜いた自分への、最高のご褒美であり、勲章のようなものです。 「この一杯のために、今日を一生懸命に生きたんだ」 そう胸を張って言えるのであれば、それはもう立派な「宴」ではないでしょうか。
もし、何もせずに一日をやり過ごして飲むお酒だったら、きっとこんな味はしません。すべてを注ぎ込んだからこそ、その時間は黄金色に輝くのです。
宴の形は、人それぞれでいい
もちろん、宴の形に決まりなんてありません。
- 家族が寝静まった後に、一人で静かにページをめくる漫画の一冊。
- 深夜の静かな街を、自分の呼吸だけを感じながら走り抜ける夜のランニング。
- あるいは、お気に入りの豆を丁寧に挽いて淹れる、一杯のコーヒー。
それがどんなに小さなことに見えても、あなたが「これがあるから、今日の苦しさも乗り越えられた」と心から思えるなら、それがあなたにとって最高の宴です。
誰かに評価される必要なんてありません。自分の人生を支えるのは、自分自身の納得感がすべてです。
私たちは何のために生きるのか
私たちは、何のために一日を過ごし、一生を捧げているのでしょうか。 ただ生存するためだけなら、こんなに必死に働く必要もないかもしれません。
けれど、私たちはみんな「意味」を探して生きている生き物です。自分が今日をどう生きたか、その手応えを求めているんです。
日々の宴は、その答えを確認するための、大切な「句読点」のようなものです。 一日の終わり、宴に浸りながら、自分自身に問いかけてみてください。 「今日の自分は、どうだった? 納得できる一日だったかな?」と。
もし「よくやったよ」と言えるなら、その宴は最高の祝福になります。 もし「今日は悔しい思いをしたな」と思うなら、その宴は明日リベンジするための、静かな決意の場になります。
どちらにせよ、その宴があるからこそ、単調に見える毎日が鮮やかに彩られます。
今夜も、あなただけの宴を
「もっと効率よく」「もっと成果を」とせかされ、休むことや自分を甘やかすことに、どこか後ろめたさを感じてしまう今日このごろ。
しかし、宴のない人生は、潤いのない砂漠を歩き続けるようなものです。
大きな夢を追いかけている人ほど、自分を律して頑張っている人ほど、自分だけの「宴」を大切にしてほしいと思います。
それは逃げでも甘えでもないから。明日また、高い山に登るための大切な「充電」だからです。
一生懸命に今日を過ごしたその先に、最高の宴が待っている。その喜びがある限り、何度だって立ち上がれるし、どこまでも歩いていける。
だから躊躇なく、毎日の宴を楽しみましょう!
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