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50歳からの執筆ブログ

50歳を過ぎてからの自己成長を、自分を実験台にして取り組んでいます。

修行という言葉を聞くと、滝に打たれたり、山に籠もったりといった、どこか浮世離れした厳しい光景を思い浮かべると思います。

 

しかし今を生きる私たちにとって、修行の本質的な意味はもっと身近で、かつ非常に実利的なものです。

 

なぜあえて自分から「辛いこと」に身を投じる必要があるか?普通に楽に過ごせるならそれに越したことはないはずです。

 

しかし、日々の生活の中で意図的に自分を律し、負荷をかける「修行」を積んでいるかどうかで、人生の難易度は劇的に変わるんですね。

 

 困難に直面したとき、人はなぜ動揺するのか?

 

人生には、予期せぬトラブルや避けられない苦労がつきものです。

 

仕事でのトラブル、人間関係、あるいは身体的なハードワーク。これらを完全に避けて通ることは、普通に生きていれば不可能です。

 

ここで、日頃から「修行(自分への負荷)」をしていない人と、している人の差が出てしまいます。

 

普段から楽な道ばかりを選んでいる人が、いざ大きな壁(困難)にぶつかったとき、その心は「動揺」の一色に染まります。」

 

「どうしよう、どうしよう」

 

という焦りだけが空回りし、頭が真っ白になってしまう。これは、心と体が「想定外の負荷」にパニックを起こしている状態です。

 

 「感情」に支配されるか、「冷静」に判断するか

 

動揺の最大の問題は、「感情ばかりが先に立って、冷静な判断ができなくなる」こととです。

 

辛い状況に直面したとき、本来必要とされるのは「現状を分析し、どう動けば解決できるか」という攻略の思考です。

 

しかし、耐性ができていないと、恐怖や不安といった負の感情が脳を占拠してしまうわけです。

 

一方で、日頃から自分を鍛えている人は違います。そういう人が困難を前にしても冷静でいられるのは、決して感情がないからではありません。

 

「あの大変な修行に比べれば、これくらいはまだ余裕だ」という比較対象を自分の中に持っているからです。

 

この「あれよりはマシ」という基準こそが、パニックを抑え、冷静な判断を下すための礎(いしずえ)となります。

 

 「できる」というマインドは日々の積み重ねで作られる

 

ひとつ例を挙げると、私は毎朝、欠かさず「1分間の腕立て伏せ」と「1分間のスクワット」を行っています。

 

時間にしてわずか2分ですが、寝起きの体に負荷をかけるのは、それなりに「しんどい」作業です。

 

しかし、この小さな修行があるからこそ、日中に発生する大きな力仕事やハードなスケジュールを乗り越えられているという実感があります。

 

もし、朝のトレーニングをしていなかったらどうなるか。おそらく同じ作業をこなしたとしても、終わる頃には心身ともにヘトヘトになり、打ちのめされているでしょう。

 

ここで重要なのは、筋肉がついたという肉体的なものだけではありません。それ以上に、「自分は朝のあの苦しさを乗り越えたのだから、これくらいはできるはずだ」という、マインドセット(心の持ちよう)です。

 

「できる」と思えるか、「もうダメだ」と諦めるか。その分岐点は、スキルの有無ではなく、日頃からどれだけ「自分を律する時間」を持っていたかという自負心に依存するわけです。

 

 修行とは、未来の自分への「予防接種」である

 

辛い場面から逃げてばかりいれば、一時的には楽かもしれません。しかし、それではいつまで経っても「想定外の苦しみ」に怯えて生きることになります。

 

いつもドギマギして、何かが起きるたびに体も心も削られていく。。。。それは非常に危険な生き方と言えます。

 

修行とは、いわば「心の予防接種」です。 あらかじめ小さな毒を自分に取り入れておくことで、大きなウイルスがやってきても、発熱せずに処理できるようにしておく。

 

常に自分を強くすることを日課にしているからこそ、何かあっても「はい、来ましたね。攻略しましょう」と、ゲームを楽しむような余裕を持って対応できるのです。

 

 人間としての「余裕」が人生の質を変える

 

最終的に、修行が私たちに与えてくれるのは「人間としての余裕」です。

 

余裕がある人は、自分をコントロールできます。 自分をコントロールできる人は、セルフコントロール能力が高まり、目標に向かって着実に歩みを進めることができます。

 

 

  • 毎日、日記を書くという「自分を振り返る修行」
  • 貯蓄目標を達成するために、日々の誘惑を断つ「自律という修行」
  • 健康のために食欲を制御する「身体的な修行」

 

 

些細なことかもしれませんが、これらすべては、いざという時に自分を助け、人生の困難を「攻略」するための武器になります。

 

 今日から始める、自分だけの「修行」

 

修行に決まった形はありません。 朝1分の筋トレでも、15分早起きして本を読むことでも、ちょっとした苦痛をともなう作業ならなんでもいいわけです。

 

大切なのは、「自分を甘やかしたい」という本能に、あえて少しだけ反抗してみること。その積み重ねが、数ヶ月後、数年後のあなたを、誰よりも冷静で、強く、余裕のある人間へと変えてくれるはずです。

 

もし今、目の前の生活に不安を感じているなら、まずは小さな修行から始めてみることです。 それが、人生を「攻略可能」なものに変える第一歩になると考えます。

 

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