巣立ちして間もないカラスのひながこの夏、東京・江戸川区と葛飾区の区境にある畑に棲みついた。羽を失い、大空に羽ばたくことはできない。いじらしい姿に、近隣住民が餌を与え始めた。声をかけると「かー」と鳴く。いつの間にか名がついた「かーくん」は近所の人たちの共通の話題に。畑の前は井戸端会議に花が咲いた。都会のカラスは厄介者として扱われることも多いが、かーくんは違った。最期まで懸命に生き、住民たちに「命の尊さ」を教えた。(橘川玲奈)

 このエピソードは、産経新聞朝刊に掲載されている「朝晴れエッセー」で9月19日、「飛べないカラス」と題して紹介された。筆者の江戸川区の会社員、大塚信義さん(52)にかーくんについて話を聞いた。

 かーくんは、6月末〜7月初めごろから、大塚さんの自宅マンション近くにある、フェンスに囲まれた休耕中の畑の中に棲みついた。左側の羽を失い飛べない。畑の外にも出られず、地面を動き回っていた。

 近所の人たちの注目を集めるようになり、パンやおにぎりなどの食べ物を与える人が現れた。畑の地主も水を与えたり、雨をしのぐための傘を置いたりした。

 「うちのマンションの住人で30人くらい、通行人でも10人は見ていたと思う」と大塚さん。「どうして羽がないんだろう」「どこから来たんだろう」−。話題にあがるかーくんは住民たちを互いに結び付け、現代社会で途切れがちな地域の交流を生み出した。

 7月中旬、畑に大雨が襲った。かーくんはひっくり返って身動きが取れなくなっていた。皆が心配した。それでもかーくんは風雨にも耐えた。かーくんを応援する人がさらに増えた。

 8月の猛暑、今度は炎天下になった。「夏を乗り越えられるだろうか…」。不安は的中した。

 6日ごろ、大塚さんが朝、自宅を出たとき「頑張れ」と声をかけると、かーくんは「かー」とか細く応えた。それが大塚さんが聞いた最後の鳴き声だった。昼すぎに再度呼びかけたが、返事はなかった。

 まもなく、畑の持ち主が畑の隅にかーくんの墓を作り、花を供えた。今度は墓を見守るように、2羽のカラスが現れた。「親ガラスだったのかもしれない」。近所の人がそう言った。

 都会のカラスはごみ集積場を荒らしたり、騒音をまき散らしたりして嫌われ者になりやすい。大塚さんのマンションでも、春の巣作りの時期には凶暴になるので、カラス対策をしているという。

 大塚さんは「かわいそうな目に遭っているのを見ると、情が移るんですね」としみじみ。周りの人も互いにあいさつこそするが、それほど親しいわけでもない。かーくんを通じて素顔が見え、優しい人が多いことにも気づかされた。わずか数カ月の一生だったかーくん。大塚さんは「命の大切さを多くの子供たちにも知ってほしい」と語った。


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