酒のせいか知らぬが、丁度肝臓辺りが痛む。そして、酒のせいか知らぬが、胃の調子も悪化している。


夏休みに入ってからは生活習慣とやらは滅茶苦茶なものに、暴走列車と化している。


それもこれも夜中のテレビ番組が昼間のより見ごたえがあるからである。ドキュメンタリーはこれが意外と面白いではないか。映画もやっているではないか。映画はなんと昼間もやっているので忙しいじゃないか。


だからして睡眠時間帯も睡眠時間そのものもいい加減なのだ。酒は度知らずに飲むわで俺の胃はきりきり舞である。


これでは体の調子がどこか異常をきたしてもなんら不思議ではない。そう、そう、これでも俺の柔な体は充分がんばっている。

古いソファーに横たわり お前はいつでも眠ってる 目覚めの一杯が欲しいなら 夢でこの世を破壊しろ

月に近いこの星で 星屑寄せて吐き出して 奥に熱を潜めた眼差しが ベルカントの尻尾に巻きついた

デパートの屋上から 魚の腐ったの放り投げる バスターミナルの前で キレイな星屑光ってる

キラキラ キラキラと 流れ流れた星くたばって お前はそれで笑ってる 

キラキラ キラキラと 落ちたガムを踏み潰し 俺はそれで笑ってる

螺旋の 方向定まらぬ 回り続けるのは疲れるだろう 飲み下した液体で 夢の中まで破壊しろ

地獄に近いこの星で キレイな形のギターかき鳴らす サイレンみたいな雑音が 双子のアンプに抱きついた

キラキラ キラキラと 汗の色は真っ黒で 俺はそれで笑ってる

キラキラ キラキラと ハッパは静かに粒になり お前はそれで笑ってる

キラキラ キラキラと 自堕落天使が舞い降りたから 俺たちそれで笑ってる

「ありとあらゆる言葉を知って 何もいえなくなるなんて そんな馬鹿な過ちはしないのさ」

小沢健二の曲「ローラースケート・パーク」の歌詞の一文である。

小沢健二は、わりと聴く。フリッパーズギターを解散し、初めてソロで出したアルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」。通称「犬キャラ」が特に好きで、他のアルバムの曲とは比較にならないぐらい好き。歌詞が大好き。

アルバム「球体の奏でる音楽音楽」も良い。少しボサ・ノヴァチックな調子の、ジャズっぽい、大人しいながらも軽快なアルバムだ。

人はあらゆる言葉を知っていながらも、うまく話せない。だから、恋人たちはケンカするし、友達と馬鹿話もできるのだろう。だけど、何もいえないなんて馬鹿なことはしない。だって色んな言葉を知っているのだから。

リリーフランキーの『増量・誰も知らない名言集』をご存知だろうか。


ゲーテの言った「文学は、人間が堕落する度合いだけ堕落する」なんていう格言が、「何言ってんだ、こいつ?そんなの知ってるよ!」みたいな心持にさせてくれる愉快な本である。


あのおっさん(リリーフランキー)の胡散臭さは尊敬に値する。


いつかああなりたいものだ。

気づけばセミが鳴いている。六月の終わりごろ俺は、セミの声はまだかと言わんばかりに夏到来を熱望していたのだが、意外にもそれは音を立てずに、フュっとやってきていたのだった。


1週間程前、自転車をこぎ始めて10分ぐらいしたところで、セミの鳴き声がやかましいことに気づいた。そして、空の色が自体を突き抜けるような碧さを取り戻したとき、夏の訪れを実感し懐かしさを回想した。


熱いだけがとりえの夏。学生生活15回目の夏。来年で終わる夏。淡い恋の物語を語る夏。変革の夏。大事な夏。バイトが無い夏。中途半端な夏。教習所が込み合う夏。煙香る夏。


どれも俺の夏なのだ。

クリーム色のトレンチコートに身を包み

レイバンのサングラスがよく似合うその男は

ニューヨークのマンホールから吹き出る煙が好きだった

だから何時間見ていても飽きなくて

日が暮れるまでみていた

いつも決まって彼はこう呟いた

「サイケデリックな煙だぜ・・・」

街の人はイカレた男だと噂し

みんな目を合わせない

だけどその煙はかまわず吹き出して

彼の心を魅了し続けた

やがて彼は年老いて

街の人たちも彼の存在を忘れていったが

その煙はかまわず吹き出して

彼の心を撫で付けた

 ビール、焼酎、日本酒、ウイスキー、ワイン・・・毎日酒を呑む。
 アル中ではない。酒の味の虜になったのはいつだったろうか。
 中学生のころはビールなど苦いだけだなどビールに対し暴言を吐き、両親からこの子は将来、酒は呑まぬだろうと目算されていたが、今では自分が呑もうと思い買ってきた酒を息子の僕に呑まれる有様だ。親にしてみても算段違いで、僕自身も酒飲みになろうとは目くそほどにも思っていなかったから、ある種のパラドックス的な驚きを与えられた。
 とにかく、いつからか色々酒を呑みだしたわけだが、はじめは家にあった親父のウイスキーを呑んでいた。親父は酒が好きで、特に酒に対しては安けりゃ良いといった考えは全く無い。だから、自然と僕は良い酒を呑むこととなったのだ。
 そのころはまだビールなんて苦いと駄々こねていた。今になって思えばウイスキー呑んでるやつがよく言うぜ―と突っ込みたくなる。鮮烈のアルコールデビューin my life。
 今日もまた僕のおなかに火が灯る。

  探し物は何ですか
  見つけ難(ニク)い物ですか

  カバンの中も 机の中も
  探したけれど 見つからないのに
  まだまだ探す気ですか
  それより僕と 踊りませんか
  夢の中へ 夢の中へ
  行ってみたいと 思いませんか
  Woo woo woo-- Woo woo woo--
  Woo woo woo-- さあ

  休むことも許されず
  笑うことは止められて
  這(ハ)いつくばって 這いつくばって
  いったい何を 探しているのか
  探すのを止めたとき
  見つかることも よくある話で
  踊りましょう 夢の中へ
  行ってみたいと 思いませんか
  Woo woo woo-- Woo woo woo--
  Woo woo woo-- さあ

 これはあの井上陽水の「夢の中へ」の歌詞である。

 一見、「そんなに努力してないでさ、楽しくやろうぜ!」的にも読み取れる内容なのだが、半月ほど前に従兄は僕にこう言った「あれって、大麻で井上陽水が捕まった時、警察が自分ん家で大麻を必死で探し回ってる姿を描いたものなんだよ」。

 なるほど、すごいなと感心してしまった。井上陽水に。

 大麻を吸う事をまるで悪と思わないばかりか、警察にまで大麻を勧めているではないか。一気に井上陽水に好感を持った。彼はアウトローだなあと、ただ者じゃないと。

 中島らもさんの本を読んで僕は大麻を悪とは思わなくなった。中島らもさん曰く「確かに大麻は法律に違反するが、タバコと比べ依存性が少なく、体に与える害もさほどないのである。」とおっしゃっていた。しかし、覚せい剤については痛烈な批判をしていた(覚せい剤が及ぼす作用はみなさんご存知かと思います)。大麻を吸ったことが無いのでなんとも言えないが、らもさんが言うのであればその信憑性はグンと増す。

 江戸時代の日本ではABCD・・・と言うだけでしょっ引かれたこともあったという。そんな馬鹿げたことが犯罪だった時代なのだ。いずれ大麻で捕まることが滑稽な時代が来るのではないか。江戸時代唯一親交のあったオランダはもう認めている。アメリカが認めれば日本も認めるだろうが、そんなことの善し悪しは、首脳自ら夢の中へ行ってみて決めれば良いことではないだろうか(BSE問題のときに肉を食って安全性を訴えていた様に)。百聞は一見に如かずと言うしね。

 

 まあ、将来認める認めないは置いといて、いま大麻やったら犯罪だ。井上陽水のお誘いに乗るのはまだ早いのです。しかし、行ってみたい、夢の中・・・。

 

 最近話題の宇宙ロケット・ディスカヴァリー号。宇宙の開拓は始まったばかり。月に住むとか、火星に旅行だなんてのはず~っと先のお話。でも、あと何百年とかしたらそんな風になるんだろうと思う。僕はそれが見られないことが残念だ。「ちょっと火星まで」とか日常会話に出てくる世の中ってなんかカッコイイ。


 宇宙の果て・宇宙の形がどうなってるか、知ってます?僕は知らない。相対性理論が出てくるそうだけど、何の事やら・・・。難しい話は抜きにして、宇宙の果てっていうのは百億光年とか何百億光年とか言われてて、とてもじゃないけど人の人生一回ではとても無理。果てまで行かなくても、銀河系を回るったって同じこと。

 

 今日も夜空を照らしている星の光は、何万光年先から発しているのだろう。もしいま光ってる身近な星座の星が爆発してもなくなるのは何百年先のことだったりする。とにかく、すぐに消えたりはしない。そう考えるとなんかすごい。光っているはずの星は無いのに光だけはまだ残っているなんて。太陽だって、爆発しても18分くらいはそのまま「ある」そうだ。でも、太陽が爆発したら地球も無くなってしまうのだ。約18分後に・・・。

 

 宇宙的規模で物事を考えると、悩みなんて下らなくなる。だけど、その時の気分で成功率は変わる。前向きになれる時と、宇宙の広さに圧倒されて、逆に悲しくなる時があるのだ。気をつけてください。それと現実逃避もほどほどが一番です・・・。

 

 


 耳が麻痺してる。キーンって音が鳴っている。ビールと、ベースとドラムとギターの音と、うるさいばかりの歌声で俺の柔な耳は完全にイカレてしまった。


 実は後輩のバンドのライブに行ってきたのだ。そういえばライブは久しく行っていなかった。

 本当はあまり気が進まなかったのだが、今回はチケットを無料にするというのでライブハウスへと足を運んだ。


 そのライブハウスは地下にあった。受付を済ませて中へと入る。バンドと観客とが一緒になって盛り上がれるぐらいのこじんまりとしたステージ。もはやそこに一線を引くものは何も無かった。ビールを買ってさあ、ショーの始まりだ。先発バンドのボーカルはイカレたやつ。何を言っているのか分からないという次元を飛び越えて、ただ奇声を発している酔っ払いにも似たやつだった。しかし、バンドそのものはなかなか均整のとれたもので、むしろ、あのボーカルでなければ成立しないバンドであった。うまいなあと思った。ちなみにドラムがリリーフランキーに似ていた。


 後輩がドラムを務めるバンドは四番目だった。普段腰の低い後輩が叩く叩く。顔が歪む歪む。上手いんだろうけど、こみ上げてくる笑いを止めることは不可能だった。俺はもともと、周りや人が真剣に何かしてるときに、不意に見せる表情や、日常でみせる顔とのギャップなどでしばし笑ってしまうのだ。例えば不謹慎な話、法事や葬式でも笑う。否、笑わせられる。すべては坊主の唱える経と、木魚と鐘の音のハーモニーのせいである。じいちゃんごめん。


 すべてのバンドが終わり、俺は後輩への労いの言葉もなしに、足早に帰路へついた。


 あー、うっさかったわ。頭痛いし。ザ・不完全燃焼。いろいろ思いつつ、自転車を走らせた。星ひとつ無い夜空が今の俺の心境を、代わりに語ってくれた気がした。