実は、今回の左目の手術には
葛藤がありました。
拙者は、割合と頑固ではないか。
という部分がございます。
左目の水晶体の摘出の手術には
親がくれた身体の一部を永遠に失うこと
親のくれた身体を全うできなかったこと
そんな後めたい気持ちがあったのです。
父の没年を超えて長生きしています。
母の没年に並びました。
未来をよりよく手に入れる
こんな気持ちが働きました。
世の中は楽園なんかではないです。
ピンからキリまでの混沌。
生きていれば
いいことあるよ
その時に
せめて。
というところが身体の一部を
レンズに置き換えてでも
見たい未来がある。
それが手術の動機だったのです。

あしたは どっちに ありますか

改造した左目で 見つけてみましょう。