政治家は、良し悪しではなく決断の大きさが歴史に残る場合があります。
後世がその影響で決定的に変動するからです。
ハリーSトルーマン。
第二次世界大戦末期に就任したアメリカ大統領。
アメリカの太平洋戦争の犠牲者の増加を止めた。
と現代でも評価されます。
前任者のフランクリンルーズベルトさんには、酷な見解でして、前任者の段階では、ドイツイタリア、勢いに乗る日本との戦争ですから、犠牲者の防ぐことが困難でしたが、トルーマンの頃にはイタリアはとうに脱落、ドイツは風前の灯火。日本はソ連や重慶経由の和平を模索する頃でした。
1946年春
ダウンフォール作戦とい巨大な、日本攻撃計画がありました。
たくさんのアメリカの犠牲者が想定されますが、これで、日本を完全に軍事的に屈服させる。
原爆十八個を用意した作戦でした。
ただし、ヤルタ会談、ポツダム会談でソ連の脅威を感じたトルーマンは、アメリカの主導で日本を屈服させる。
に切り替わったと言われます。
「指をパチンと鳴らすように」
日本への原爆投下命令を下した。
命令書にサインした。と言われます。
実は原爆投下命令の動きは、今でもよく分からない部分があります。
ヨーロッパ連合軍最高司令官アイゼンハワーは、原爆投下に反対。共和党も反対。
「余りに残虐な兵器、合衆国が最初の使用者となるのは不名誉」と。
