いま、わたしのお腹には
おへそから縦に10センチ以上の手術のあとが残っている。

お風呂や着替えで目にするたび
そのときを思い出したりもするけれど、

身体より、心でうけた傷のほうが
実は治りが悪かったりする。
 

今でこそ、自分を知ること、活かすことに
おもきをおいたコンテンツをサービスとして提供しているけれど

 

もともと自分と会話をする、とか
自分の内側の声を聴く、とか
すすんではやらないタイプだったし、今でも実はあまり得意ではない。


でもそれは
「あえてふたをして自分の中と深くつながることをやめてきた」っていうこともあるんじゃない?と、いわれてはっとしたことがある。

 



深く傷ついた自分を守る、という意味ではまともな働きであるし、
一度感じた痛みを
すすんでもう一度味わおうという人は少ないわけで

むきあうということは
また傷を負いにいく作業になるのだから
そりゃ避けるよね。

 

きっとわたしは自分をそういう形で守ってきたのだろうな。




そんなわけで
自分とも深くかかわらないかわりに
人ともあまり深くかかわらないようにする
というスタンスをとりがちだったのに

それでも
繋がりあう楽しさを味わいたがるし、
自ら人と関わろうともするのは

本当はそっちが好きだからなのでしょうね


 

セッションや講座の中で話したり、
もらったメール(レポート)を読ませてもらうとき、
その人の悩みや葛藤の中に
自分の素晴らしさをあきらめない力強さを感じます。

わたしがなんだかんだいって
自分をあきらめない人なので
きっと似た方がいらっしゃるのでしょうね。


その人を通して、
わたしは自分の傷に向き合っているのだろうし

わたしとのやりとりを通して
その人も自分に向き合っていく作業をしているのだと思います。


もし、あなたが

自分をあきらめない人なら

素敵な自分や可能性に出会う、という方法で
一緒に自分を見つめてみませんか?

 

 

 

 

 

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