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あてな手稿

手稿といってもキーボード
ありのままを表現、書けたらいいなと思ってます
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色んな情報を見るとき話がかみ合ってない場合というのをよく目にします。そもそもの話の本筋からずれていく会話は別として、単純に考え方のすれ違いで特に自分が思う考え方の違いを2つに分けて書いていきます。

 

自分の思うざっくり分けた2つの考え方は「感情的に考える人」と「論理的に考える人」の2つです。

この2つがぶつかると、例え話の本筋からずれていなくともすれ違いから問題が起きるイメージがあります。ちなみに自分は「論理的に考える人」側だと思っています。

 

それぞれの特徴として
・「感情的に考える人」は、主観的に話すことが多く喜怒哀楽など感情をはっきりと出して話す人です。その時思いついたことを感情のままに伝えるイメージです。

良いなと思うところは人が誰しももっている感情に呼びかける伝え方をするので、共感や同情を得やすいところです。

それこそ相手が欲しいと思っているときにマッチする感情を伝えてくれれば、伝えた側はそんな気持ちで話したつもりでなくとも優しい人や温かい人だと良い印象をもらえると思います。

逆に弱点となりえるところは、感情に任せてしまうあまり話の一貫性がなくなってしまう可能性もあります。一貫性とか関係なしに感情を使うのではなく感情に操られてしまうという状況も出てきてしまうときもあるかもしれません。あふれ出てしまうあまりに言っている言葉と表情が合わない場合も可能性としてあるかもしれません。

・「論理的に考える人」は、客観的に話すことが多く読書や公に出ている情報、データをもとに話す人です。得た情報を筋道を立てて話すイメージです。

良いところは、公に出ている情報をもとにしているので説得力があり、筋道も立てて話すのでなぜ問題になっているのか原因や対策と結果なども一貫性を持っているところです。

持っている情報量が多いので仮説を立てたり対策を練ることで冷静に判断してことを進めていく印象です。

弱点として結果の前にデータを話す前の前提として話す必要があるときが多いので、話がどうしても長くなってしまうことです。
そしてデータをもとにするため例えば医療の話などで、「犠牲はあって当たり前だ」や「何百何千亡くなったがよく抑えられた方だ」など人によっては冷酷、冷徹、血も涙もないなど冷たい人と思われてしまう可能性があるところです。事実をもとに話す場合、その事実が相手にとって毒があると思われて厳しい人と思われることもあるかと思います。

 

どちらが正しいとかどちらが間違いとかはありません。もしかしたらどちらも間違いであるかもしれません。

感情も論理的に話すうえでの情報もどちらもあくまで何かを伝えるための「道具」でしかなく、正しく使えた場合は薬になり、間違えた場合は凶器になりえます。それこそどちらが正しくどちらが間違いかはさっぱりわかりません。使い分けができれば一番ですが、なかなかそうはいかないと思います。

 

余談として、問題が起きるのは日常的会話ではなくツイッターなどのSNSで特に多くなると思っています。
新型コロナなど何か問題起きた際そもそも議論や話し合いはSNSは向いていないというのと、論理的思考の人がデータを提示する際1回に書ける文字数が少なすぎるという問題です。なので感情的思考の人の考えに寄ってしまう傾向にあるのではないかと考えています。
特にツイッターなんかはコンセプトが「独り言」の共有なので議論なんかは想定していないサービスです。