3日目は、ベルサイユ宮殿へ行きました。

旅行を計画するに当たって、夫に「どこか行きたいところある?」と問われ、パリにイメージがなくて特にどこに行きたいとかなかった私が絞り出したのが、
「うーん、ベルサイユ?」
フランス🇫🇷と言えばベルサイユでしょう。(違う💦)
ベルサイユ宮殿はちょっと見てみたかったのです。(←明らかに「ベルサイユのばら」の影響🤣)

本当は電車で行くはずだったのですが、とある事情があり(別記事で)、往復ともUberで移動しました。

ホテルからは40分くらいだったかな?


ベルサイユ宮殿


1682年にフランス王ルイ14世が建設した。

絶対王政の栄華を象徴するフランス・バロック建築の最高傑作。


 




晴れ渡った上空には、幾筋もの飛行機雲が🥰

この門は宮殿の最も外側に位置する正門で、「名誉の門」。

ここで銃を持って警備に当たっているのは、現役のフランス軍兵士とのことです。


門を入ると、石畳の広場「名誉の中庭」があり、その奥に宮殿への入口があります。


↓青空に映える金ピカの「王の門」


日本から日時指定で予約して行きました。

入場口はこの門の左側にあり、時刻を表示したプラカードが立っていますので、その列に並びます。

着いた時は、前の時刻のお客さんの列がまだ長く残っていました。


↓予約時刻の列も既にこれくらいは並んでいた


この日もお天気が良く、日向は暑くて、並んで待っていると背中を汗が伝いました。

日傘や扇子🪭を使っている人が多かったですね。特に扇子は観光客の間ではすっかり市民権を得ているのか、パリ滞在中使っている人をよく見掛けました。


空港の保安検査場にあるような装置に荷物を通して、入場です。



予習してなかったので、順路やどこに何があるかもよくわからず、建物内はとにかく人が多かったので、豪華絢爛な部屋を足早に見て回る感じになってしまいました💦



↓「王室礼拝堂」



↓色々な豪華なもの😅

左下のレリーフは、ベルばらのオスカルが描かせた肖像画のイメージあり✨

この他にも色々写真を撮っていましたが、何がどれだかよくわからないので割愛します💧



↓有名な「鏡の間」






当時、鏡は金銀・宝石に匹敵する超高級品だったとのこと。


↓織物や刺繍が豪華な「王妃の寝室」



↓「戴冠の間」の「戴冠式の正装のナポレオン1世」


↓「ナポレオン1世の戴冠式」


これは、同じ画家による複製画で、オリジナルはルーブル美術館にあります。

当時、同じ画家が複製画を描く際は、オリジナルと全く同じにしてはならず、必ずどこか1箇所以上を変えなければならないというルールがありました。

ちょうど光ってしまって見にくいですが🙇🏻‍♀️、立っている4人の女性のうち左から2番目の女性がピンク色のドレスを着ています。オリジナルでは、全員白いドレスなんだそうです。


↓「戦闘の回廊」


フランス軍の歴史的な勝利を描いた巨大な絵画や、歴代の偉大な英雄たちの胸像が並んだ「戦闘の回廊」を抜けて、ちょっとギフトショップを覗いてから、外へ出ました。




お庭も広大で、暑かったので歩く元気がなく💦、プチトリアノンなどには行かずに上から眺めるだけになりました😓


今思えば、見どころのポイントなどをちゃんと予習しておけば良かったショボーン


お城っぽくないからか❓ あまり「宮殿」という感じがしないな、という感想を持ちました。

私の「宮殿」のイメージだと、大広間に王と王妃両方が並んだ玉座があるんですが、見学ルートに玉座はありません。

実際は、王と王妃の玉座は別々の部屋にあり、王の玉座は「アポロンの間」にあったそうです。「鏡の間」に置かれることもあったようですが、あそこは細長過ぎて大広間って感じじゃないし……。

大きな「屋敷」というか、離宮っぽいというか、私的な雰囲気で、政治が執り行われていた公的な空間というイメージは希薄でした。


↓お庭側から見ると建物の大きさがよくわかる


左端のエリアは工事中🚧。






ところで、ベルばらでは、オスカルは割と気軽にベルサイユとパリを往復していたイメージがあるのですが、高速を車🚗で飛ばして40分は結構遠いですよね。

実際の距離はどのくらいなのでしょうか。


ベルサイユからパリへの距離は、約20キロ

この距離を移動するには、


徒歩で約4〜5時間

乗馬で約1時間半〜2時間

馬車で約2〜3時間


掛かります。


Geminiに聞いてみたら、オスカルは


一級品の軍馬や早馬を乗り回していた

これなら片道1時間ほどで移動できます。


パリにジャルジェ家の別邸があった

当時の大貴族は、パリに「オテル」と呼ばれる別邸を持つのが一般的だったので、ジャルジェ家にも別邸があって、パリに行った時はそこに寝泊まりしていたのかも?


フランス衛兵隊に移動してからは、パリの宿舎に寝泊まりしていた

休暇の時には本邸に帰省していたというわけですね。


のではないか、とのこと🤭


なお、作中でも描かれた1789年10月5日の「べルサイユ行進(市場の女たちの行進)」では、朝にパリを出発した民衆が雨の中を歩き、夕方にべルサイユへ到着しています。



続きます。