「チーフ! 海堂チーフ! 大変です!」
「あら、どうしたの? ゼイゼイしちゃって。今日は定時で帰るんじゃなかった? 花火見に行くんでしょ?」
「そうなんですけど、街に出たら、向こうから巨大な赤い薔薇の花束が歩いて来て……!」
「もう、何のことだかさっぱりわからないわ。落ち着いて話してちょうだい。」
「は、はい。とにかく、向こうからでっかい薔薇の花束が歩いて来ると思ったら、それ、花束担いだ科学局の神宮寺主任だったんです!」
「まぁ、ミスターが?」
「そうなんです。お宅に帰る途中のようでした。」
「そう……。ミスターがこんなに早く帰るなんて、珍しいわね……?」
「しかも、時々一人で笑ったり、おまけに鼻歌まで歌ったりして……。絶対ヘンですよ~!」
「……ミスターが定時退庁? 花束担いで、鼻歌歌って? これはもしや……?」
花火
キンコン、と柔らかな音を立てて、チャイムが鳴った。
自分の端末を閉じたところだった独は、もう十年以上、大切に使い続けている腕時計に、視線を落とした。何の変哲もないデザインのアナログの時計だが、見易くて、年に数秒と狂わず、一度も故障したことがない。取り立てて好きというほどではなかったが、愛着があった。
その時計が、五時ちょうどを指し示している。普段、あまりよく見た記憶のない、四時とも違い、無論、六時とも全く違う、二つの針の形と角度を、
(鶴に似ているな。)
と脈絡なく思いながら、独は、このカンコンしたチャイムは何とかならないものかと思う。
(学校じゃないんだから……。)
それは、宇宙戦士訓練学校で、授業の開始終了を告げていた音によく似ていた。
しかし、彼がそんなことを思うのも、恐らく科学局へ入って初めて、夕方の五時、というものを意識したからだろう。これまでの独には、五時という時刻は、ただ通過するものでしかなかったのだ。
この時代にも、相変わらず「定時」というものが存在していて、五時というのはその定時である。
地球防衛軍科学技術庁科学局では、仕事というものは、働いた時間ではなく、その成果で評価されていたから、何時に帰ろうが、何時まで働こうが、基本的には各人の自由なのである。それなのに、人は線を引きたがる。これ以降なら一応帰ってもよい、その基準が欲しいのだ。そうすることで安心する。
独の周囲でも、何人かが席を立った。もっとも、彼らは帰るわけではなく、今夜も延々と続く仕事に備えて、食事をしに行くのである。
(まぁ、食事をしに行くきっかけとしては、必要なのかもしれんな。)
とは言え、五時というのは、大人が夕食を取る時刻としては、早過ぎるのだが。
しかし、人のことをあれこれ言ってはいられない。独は苦笑する。今日は、自分も、その「定時」をきっかけに帰宅しようとしているからだ。
独は、もう一度、すっかり整頓されている自分の机を見回した。
やるべきことは全て終えた。何の心残りもなく、帰ることができる。
こういう時に限って、得てして誰かが厄介な案件を持ち込んだりするものだが、今日ばかりは、誰が何と言おうと知るものか、である。とは言え、仕事が持ち込まれた後では、断るのが面倒だ。何もないうちにさっさと帰るのが、上策というものだろう。
それにしても、自分の机がこれほど「整頓」されているのは、何年ぶりだろうか。常に整理はされていても、滅多に整頓されない彼の机である。
「霜。後は頼む。」
「珍しいですね、もうお帰りですか?」
独が声を掛けて席を立つと、航海計画室から二ヵ月の予定で出向して来ている風祭霜が、少し驚いたように振り向いて、明らかに「営業終了」の看板を掲げている独の机と顔を見比べた。
霜は、麗の部下である。麗が、
「うちのエースよ。」
と、手放しで誉めるだけあって、頭の切れる男だった。麗からは、
「忙しいところ申し訳ないのだけれど、何かの時には助けてやって。」
と、申し送りが来ている。だが、
「まぁ、あまり世話を掛けるようなことはないと思うけど。」
と付け加えられた言葉通り、一通り説明してやったら、後は何でも自分でやって、独の手を煩わすことはなかった。
「昨日もお休みだったし、まだ肩の具合が……?」
「肩の具合? 別に肩がどうとか言った覚えはないぞ。」
独が意味ありげにニヤッと笑うと、霜は、
「はい? あれ? そうですね? 何で肩の具合が悪いだなんて……。」
と言いかけて、声を出さずに「あっ」という顔をし、抱えていた書類をバサバサと床に撒き散らした。
(思い出したんだな……。)
昨夜の自分と同じ反応に、独は微笑んだ。自分が麗に遅れて思い出したように、思い出すタイミングは、人それぞれらしい。
「じゃあ、よろしくな。俺は、明日から六日間の休暇だ。呼び出されても来ないぞ。」
霜の瞳の表面を、ダンプリストよろしく時と記憶がザーッと走って行くのを認めつつ、独は踵を返した。
「……わかりました。良い休暇を!」
慌てて書類をかき集めながらも、ソツなくそう返す霜を、独は大した奴だと思う。
自分は、長年愛用して来たマグカップをお釈迦にしてしまった。書類なら、かき集めれば済む。割れたカップは、例え破片をかき集めても、捨てるしかないのだから……。
「ありがとう。」
独は、背中で手を上げる。
ルーナンシア星で負傷した時、麗がホスピタルに飛んで来てくれたのは、この男のお蔭だった。航海計画室へ戻れば、また麗の大きな力となって、活躍することだろう。
独は、いつものように、階段を使って一階まで降りた。一度オフィスなり研究室なりに到着してしまうと、滅多に移動することがない。ビルの上り下りに階段を使うのは、日頃の運動不足への、彼のささやかな抵抗だった。
見知った顔に挨拶をすると、それが一様に「あれっ」という顔になる。確かに、定時退庁などということは、軍に入って以来初めてのことだったから、周囲のその反応も無理からぬことではあるのだが、それを面白がりつつ、独はまだ明るい外へ出た。
七月の夕方五時はまだ明るい。
しかし、七月も半ばを過ぎると、さすがにやや日は短くなって来ていて、吹いてゆく風にも、心なしか、爽やかさが隠れているような気がした。
この空を見るのも久し振りだ――。
独は、思わず空を仰いで立ち止まった。
水蒸気を感じさせる雲の切れ端と、まだ少し青さの残る天空。地平線からは、夕暮れの七色が昇り立つ。明るく、美しい空だった。
この空を見ない生活は、もう何年になるだろう。デイモスとの戦いで、この空自身が失われていた期間はもちろん、その前後の、この空が確かに存在していた時にも、これを見た記憶がほとんどない独だった。
さぁ、帰ろう。
仕事のことは全て後ろへ放り投げ、独は歩き出した。
これまで、家に帰るのが、これほどに楽しく心弾むものであったことがあるだろうか。今までも、家で楽しみが待っていることは、たまにはあった。だが、今日、自分を待っているのは、麗なのである。
麗が待っている。
そう思うだけで、ただでさえ速い独の歩みは、二割増しになる。
最寄のチューブカーのステーションへ向かうと、夕暮れの街は、人々の明るいざわめきで弾んでいた。
一刻も早く家へ帰りたかったが、独は、歩いて帰ろうと決めた。この明るく和やかな空気を、チューブカーで素通りするのが惜しまれたのだ。歩いても、独の足ならば、たかが知れている。それに、買い物もしなければならない。
独は、ステーションから続くアーケードの雑踏に紛れ込んだ。
今朝、目を覚ますと、隣に麗はいなかった。
結局、全ては夢でしかないのか――。
まだ完全に覚めない意識でそう自嘲しかけた独は、しかし、辺りに濃厚に漂うコーヒーの香りと、夢ならば存在しないはずの微かな人の気配に、その認識が間違っていることに気が付いた。
「独? 起きているの? 今日は出勤するんでしょう?」
そう声がして、パーテーションの陰からひょい、と麗が顔を出した時、独は、思わずガバと半身を起こしていた。
「昨日も休んだんだし、今日中にちゃんと仕事を片付けておかないと、明日からの休暇がまた台無しになっちゃうわよ。私は今日から休みなの。二人揃って休めるなんてこと、きっと滅多にないんだから……。」
当たり前のような顔で、独の前に麗が立っていた。
あの大きな荷物の中から引っ張りだしたのだろう、マリンブルーと白の縦縞のエプロンをして、朝食の準備の最中らしい。
「……。」
独は、無言でタオルケットを頭から被ると、そのまま再びバタンと横になり、ぼやけた記憶の糸をたどった。
麗の声と朝の柔らかな光、コーヒーの香りとトーストの焼ける匂い、その全てが、この光景が夢などではなく、確かな現実であることを語っている。
そう、ハヤトが紫色彗星帝国と死闘を繰り広げたことも、その戦いの最中に、長い間続いていた独と麗の勝負が決着したことも、昨夜遅く麗が荷物を抱えて独の元へ来たことも、どれ一つとして、現実でなかったものはないのだ。
それなのに、一々こうして混乱し、夢なら覚めないでくれ、と叫びたくなる。
あまりに長い時間温められて来た願いが叶った時、独ほどの者でも、それを現実として受け入れるのに、時間を必要とするらしい。が、あれだけの凄惨な戦いの記憶と実感を保ったまま、時だけが戻り、それまでとは百八十度違う至福が目の前に展開されていれば、夢と現実の区別がつかないのも、至極当然である。
「仕方がないわねぇ……。」
しかし、麗の方は、自分から行動を起こして来ただけのことはあって、もう混乱することはない。彼女は、つかつかと近づくと、タオルケットを引っ剥がし、
「おはよう、独。」
と、独にキスして、にっこり笑った。
その、にっこり、という形容が相応しい間近な笑顔に、独はドキッとした。
麗は、外では、決してこうやっては笑わなかった。この笑顔を見たことのある者は、ゼロではないかもしれないが、ほとんどいないだろう。そして、これからは、自分だけが、この笑顔を見ることができる……。
「早く着替えてね。スープが冷めるわ。」
パーテーションの向こう側へ去って行く声に促されて、ようやくベッドを離れながら、独は、胸の鼓動が聞こえるほどに高まるのを感じていた。
「独? どうしたの? もうおしまいなの? せっかく『キサラギ』で仕入れて来た焼き立てのパンなのに……、口に合わない?」
やがて、麗と差し向かいに着いた小さなテーブルで、独は食が進まず、コーヒーばかり飲んでいた。対する麗は、既に二枚目のトーストにマーマレードを塗ろうとしている。
『キサラギ』は、近所で評判のパン屋である。特に、看板商品である焼き立ての食パンが、美味しいと評判だった。毎朝早々に売り切れてしまうため、独は、近くに住んでいながら、一度も買ったことがない。今朝早く、一人先に目覚めてしまった麗が、散歩がてら買いに行ったのだ。
「いや。別にそういうわけじゃないんだが……。」
言いながら、思わず胸に手をやる独に、麗は、
「もう、いやねぇ、そんなに一々ドキドキしててどうするのよ。」
と屈託なく笑った。そして、そんなことを言ったって、長年の、本当に長い間の、夢と憧れが、現実に目の前に展開されているのだから、仕方がないだろう、と、心の中で文句を言う独に向かって、
「そうね、でも、本当は、私もちょっとドキドキしてる。」
と、少し目を伏せて、はにかんだように微笑んだ。
ちょっとなのか? 麗は「ちょっと」なのか?
俺は、「とても」「ものすごく」「途轍もなく」だ――。
これも密かにそう抗議しつつ、独は、初めて見る麗の表情のあれこれに見惚れていた。
「にっこり」の次は「屈託なく」「はにかんだように」――。
次々に登場する新たな形容詞に、独は、麗が自分の側にいる現実を、次第に実感してゆく。
麗は、いつでも側にいる。自分だけのものだ。もうどこへも行かない。
小鳥は、木で暮らすことに決めたのだ――。
それは、独にとって、本当に眩暈がしそうなほどの喜びだった。が、麗の言う通り、一々眩暈を起こしていたのでは、身が持たない。
独は、麗が作ってくれたものを、取り敢えず胃に収めると、バタバタと出勤の仕度をした。
「今日は、私が夕食作るわね。遅くなっても構わないから、一緒に食べましょう。でも、できれば早く帰ってね。今日は花火があるんでしょう?」
独はすっかり忘れていたが、今日は、日が落ちてから延々三時間、地球復興を祝う花火大会が開かれるのである。人類が地下都市から地上に復帰して、初めて行われるの夏の祭りであった。
独は、なるべく早く帰ることを約束し、途中で外出すると言う麗が帰ってドアを開けられるように、セキュリティの設定をしてやった。彼の部屋のドアは、指紋とパスワードで開くようになっている。
麗は、黒い反射板の上に、細くて白い右手の人差し指を乗せて、自分の指紋を読み込ませると、当然のように「HITORI」と打ち込んで、パスワードを登録した。
「ああ、独。忘れ物。」
やがて、やはりバタバタと出掛けようとする独を、麗が呼び止めた。
独が振り向くと、麗の顔が近づいて来て、その唇が独の唇に触れた。
柔らかくて温かい、その優しい感触に、独はまだ慣れていない。起こされた時は気付かなかったが、仄かな薔薇の香りがする。それは、香水などではなく、麗が化粧水として愛用しているローズウォーターの香りだったが、彼はまだそれを知らない。
どうかすると、その行ってらっしゃいのキスが五分とかになり、果ては出掛けられなくなりそうだったので、独は、理性と意志の力を振り絞って、それを三秒に短縮し、家を出た。
それから、どうやって科学局までたどり着いたのか、彼は覚えていない。実際、頬を抓るという、古典的な手段を試してみたいほどだったのだ。体だけは、長年染み付いた惰性が動かしたらしい。
が、さすがに出勤した後は頭を切り換え、独は、いつも以上の能率でバリバリ仕事をした。絶対に定時で帰る、絶対に休暇はきっちり取ってやる、その固い決意が、能率を飛躍的に高めるのを、彼は実感せざるを得なかった。してみると、いつ帰っても、最悪泊まってもいい、と思いながらやっていた普段の仕事は、能率的にやっていたつもりで、意外とそうではなかったのかもしれない。
とにかく、独は、終える予定の仕事は完璧に終えて、オフィスを後にしたのだった。
浮かれる人混みをすり抜けて歩いてゆくと、新しく開店したばかりの花屋の店先に、見事に咲き揃っている大輪の赤い薔薇があった。
独は、その赤い色に目を奪われた。
暗過ぎず、かと言ってオレンジがかってもいない、本当に見事な赤。
赤い薔薇、と言っても、これほどに見事な赤には、なかなか巡り合えるものではない。
それは、華やかで麗しく、美しく、まさに麗のイメージそのものだった。
差してある値札を見ると、値段もなかなか見事である。だからなのか、恐らくは仕入れた時とそれほど変わらぬであろう三ダースほどが、売れずにまだ残っていた。
わずかに身をかがめると、薔薇の芳香が鼻を掠める。その瞬間に、独は、それを買うことに決めていた。
「すみません。この赤い薔薇を下さい。全部。」
そう店の中に声を掛けると、何となく物憂げな表情で椅子に腰掛けていた若い女店員が、パッと顔を輝かせ、バネ仕掛けの人形のように、勢いよく立ち上がった。
大方、やはりこの花の魅力に抗えなくて、たくさん仕入れてはみたものの、値段が値段だけにあまり売れず、嘆いたり後悔したり、悩んだりしていたところなのだろう。
「こちらの赤い薔薇ですね。全部。はい! お包みしますので、お掛けになってお待ちください。」
女店員は、きびきびとした動作で、しかし、大切に薔薇を水桶から上げると、丁寧に棘を落とし始めた。
こうした場合、嬉しさのあまり、
「プレゼントですか?」
とか、
「リボンは何色にしましょう?」
などと、口も軽くなりそうなものだったが、女店員の愛らしい口元は、微笑みをたたえつつも閉ざされたままだった。
いい年の男が高価な赤い薔薇を三ダースも買えば、それは、プレゼントに決まっている。リボンにしたって、赤やピンクでは合わないに決まっているのだ。
が、若い女の子は浮かれるもの、とは決まっていないらしい。手際よく花束を仕上げて行く姿には、誠実さが滲み出て、かつ、自分が惚れ込んだ薔薇を、値段をものともせず全部買うという客に出会えた喜びが溢れて、楽しげでもあり、仕事への誇りと強い愛情が感じられる。その全てが好ましく、独は待つのが楽しかった。
やがて、彼女は、
「こんな感じに作ってみましたが、いかがでしょうか?」
と、花束を差し出した。いかがでしょうか、と言いながら、その顔には、これ以上のものはあるまい、という自信がみなぎっている。
「この薔薇には、シンプルな包装の方が合うかと思いまして……。」
その見事さに打たれた独が黙ったままだったので、女店員はそう言葉を添えた。
三ダースの赤い薔薇は、美しく整えられて、ごく淡いピンクの薄紙に収まっていた。先がややカールされたリボンは、細い金色。
その全てが、花の美しさを全く邪魔することなく、十二分に引き立てている。
「結構です。」
独は満足した。いいセンスだと思う。
この娘は、薔薇を贈られる人を頭に思い描きながら、仕事をしたのだ。その人が喜んでくれることが、自分に喜びをくれたこの客への、最大の感謝の気持ちになる。その理解が的確だった。
麗は喜ぶだろう。麗が喜んでくれれば、自分も嬉しい。この娘は、客に幸せを分け与えることができる。きっとこの店も繁盛するに違いない。
支払いを済ませ、
「ありがとうございました!」
という弾んだ声を背に、独は、再び夕暮れの雑踏の中に紛れ込んだ。
花束は逆さに持つもの、と聞いたことがある。いや、それは間違いだとも。
どちらにしても、普通に持っていたのでは、行き交う人にぶつかりそうだった。
せっかくの花束を、ダメにするわけには行かない。さて、どうやって持って帰ろうか、と思案した独は、おもむろにそれを右肩に担ぎ上げた。周囲から頭一つ出ている長身の独だから、こうして肩に担げば、無事に運んで行けるだろう。傍から見たら奇妙な光景に違いないが、この際、致し方あるまい。結構な重さなので、楽でもある。
麗には、ワインを買って帰るように頼まれていた。夕食のメニューは何なのか、聞くのを忘れたが、赤と白、両方買って帰れば間違いはあるまい。独は赤が好きだったが、麗は、白が好きだったはずである。
独は、行き付けの酒屋に足を向けた。
ここは、扱っているワインの種類が豊富で、専用の貯蔵室もある。店主が研究熱心で、マメに新しいものを見つけて来ては、賑々しく店に並べている。気に入って、贔屓にしている店だった。
先に買ってしまった薔薇で、片手が塞がっている。ワインを二本選ぶには不自由だったので、独は、顔馴染みの店主に、飲み付けている銘柄を告げた。
大事なお得意さんが、普段の様子からはおよそ想像できぬ、巨大という感じの花束を担いでいることに、店主は目を丸くし、あれこれと想像を逞しくしたが、言われた通り、赤と白のワインを一本ずつ、貯蔵室から出して来てくれた。そして、それを包みながら、来週、新しい赤が入るので、また立ち寄ってくれるよう、と言い添えた。
ここの店主も、酒の話以外、余計な話はしない。そこが好きだったが、一旦酒の話が始まると、長くて閉口する時もある。今日も、新しいワインについての薀蓄が延々と傾けられそうだったので、独は、早々に話を切り上げて、店を出た。
片手にワインを二本下げ、片手で薔薇の花束を担ぐ。凄い大荷物になってしまったな、と肩をすくめたところで、独は、酒屋の二軒先が、宝石店だったことに気付いた。いつも素通りしてしまっていたので、今まで気付かなかったのだ。
店は、カジュアルなジュエリーよりも、高級な品を主に扱っているらしい。何気なくウィンドウを覗いた独の目に、エメラルドの指輪が止まった。
大袈裟なほどには大きくない、だが、大粒の緑の石。
その深い緑が美しく、薔薇の赤に映えて、麗に似合いそうな気がした。値段はというと、こちらも石に見合ってなかなかステキである。
俗に給料の三ヵ月分、と言うが、これはどうなのだろう。そう言えば、自分の収入が幾らなのか、正確なところを独は知らない。一人で暮らして行くには十分過ぎるほどではある、とだけ理解していた。
確か、麗の誕生石は、エメラルドだったはずだ。
いや、こうした場合、やはりダイヤモンドにすべきだろうか?
そう言えば、まだちゃんとプロポースしていない……。
昨日麗が来た時は、もう深夜に近かったし、今朝はバタバタと出て来てしまったので、ロクに話もしていなかったのだ。
独は、緑の指輪を見つめてしばらく考えたが、やはり、昨日の今日である。あまりにも先を急ぎ過ぎているような気がして、購入は断念した。第一、この状態で、これ以上買い物をする気力はない。また麗と一緒に来ればいい……。
これで、買い物は終わりだ。
独は、家に向かって歩き出した。
周囲はやや暗くなり、人出が増したようである。何年ぶりかの花火を見に出掛けるのだろう、今では珍しい感のある、浴衣姿の家族連れや、カップルの姿が目立った。
「ママー! 待って!」
「こっちよ。」
「おそぉい!」
「ごめんごめん、仕事が長引いちゃって。」
穏やかな声。他愛ない会話。
それらが醸し出す和やかなざわめきに包まれているのを、吹いてゆく風と共にとても心地良く感じながら、独は空を見上げた。
夕焼けの赤みの残る西の空に比べて、早くも夜の気配を漂わせ始めている東の空。
陽炎のように揺れるその空に、紫色彗星帝国との戦いで味わった辛く苦しい思いや、傷の痛みが、ゆっくりと立ち昇って行く。それは、まるで、自分が抱えていた暗い苦しみや悲しみが、全て浄化され、昇天してゆくような感覚だった。
そして、それらが遠く霧散した後、空は祝福を降らす。
遥かなルーナンシアの女王と、さらに遥かなティアリュオンで幸せに暮らす、親友とその妻からの祝福を。
(独。あなたは本当によくやってくれました。)
誇り高きルーナンシアの女王は、あの何でも知ったような、幾分取り澄ました表情で、しかし晴れ晴れとそう語る。
(おめでとう、独。本当に良かったな。)
今はもう簡単には会うことのできない親友は、美しい妻に寄り添われて、安心したように和やかに笑った。
(幸せに!)
空からの祝福は、シャワーのように独に降り注ぐ。それは、生命の息吹と輝きであり、辺りを満たす人々のざわめきそのものだった。
この人々は、彼らにとってはほんの短い間の出来事だった紫色彗星帝国との戦いを、恐らくほとんど覚えていないのだろう。そうして、何事もなかったかのように、ここにいる。だが、それでいいのだ。
生きている。自分も。皆も。
そして、生かされている、彼はそう実感し、ここに戻って初めて、ずっと三センチばかり浮遊していた足が、地に着いたのを知った。あの時空に置き忘れて来ていた何かがストンと身に収まった、そんな感覚だった。
(麗……。)
独は、その空に、愛しい人の優しい笑顔を見た。
ようやく得られた、生涯ただ一人の愛する人。彼女が自分の側にいることが、全ての証である。
(独……。)
麗は、光の中で、そう答えて微笑んだ。
独は、思わず立ち止まった。それは、空耳とか幻とかの類ではなかったのだ。
そうか、猛と舞の間には、こういう結び付きがあるのだな、と、彼は翻然と理解し、立ち止まったまま空を見上げて微笑んだ。
自分の声は、麗にも届いたろうか?
会いたい。今すぐに。
愛しさが込み上げた。求める気持ちは、一人で密かに思っていた時よりも、遥かに強い。それが不思議だった。
独は、虚空で微笑む愛する人に向けて、両手を差し延べてみたい衝動に駆られたが、さすがにそれはやめた。と言うか、この、両手が重々しく塞がっている状態では、不可能ではなくても、ちょっと無理だった。
瞬く星の一秒――
ほとんど走っていると言っていいほどのスピードで再び歩き出した独は、低い声で、少年の頃好きだった歌を口ずさんだ。
深い眠りにつくのは 素敵に生きた瞬間だけ
そう歌う『星の一秒』が、独は好きだった。
長い間待ち、戦い、いつも憧れ、夢見て来た。そして、ようやくたどり着いたこの時間。星の瞬く一秒よりも、短く儚い人の一生かもしれないが、そこには実に様々なものが存在している。
苦しみも、喜びも。悲しみも、幸福も。
夕暮れの風は爽快で、独は、六時過ぎには自分の部屋のドアの前に立っていた。給湯器が微かに音を立て、ありありと「人の気配」というものを主張している。さすがにもう、全てが幻で、麗はいないのかもしれない、という妄想は湧いて来なかった。
独は、インターホンを鳴らすべきか、ドアの前でしばらく考えた挙句、自分の部屋に帰るのに悩むバカバカしさに気付き、セキュリティシステムにパスワードを打ち込んで、右手の人差し指を触れた。
ここに住み始めた当初から、パスワードは「REIASUKA」である。
「お帰りなさい、独。」
ドアを開けると、そこに、まるで知っていたように、麗が立っていた。料理の最中だったらしい。テーブルの上は、すっかりセッティングが終わっている。
「ただいま。」
愛する人を抱き締めるためには、まずこの両手を自由にしなければならない。独は、ワインを渡し、それから花束を差し出した。
「うわぁ、綺麗ねぇ。」
麗は、そう感嘆の声を上げて、真紅の薔薇の花束を受け取った。重みで花の束がわずかに揺れ、ビロードのような花びらが光を弾く。思った通り、麗も花も、どちらも美しかった。
「どうもありがとう、独。嬉しいわ。」
そう言って素直に微笑む麗は、少女のようだった。また違う形容だな、と独は思う。
「私の方にもいいものがあるの。こんなに豪華じゃないけれど、これを見て。」
麗は、キッチンのカウンターの上に置かれた小さなグラスを指し示した。
「綺麗な赤でしょう。」
そこには、豪華な花束とは対照的な、レアの花の小さな一束が投げ込まれていた。
「これは……。」
独は目を見張った。
色は、赤。
「飛翔の結婚式に着て行く服を持って来るのを忘れちゃったんで、一度自分の部屋に取りに戻ったのよ。途中で英雄の丘を通ったら、あんまり綺麗だったものだから、摘んで帰って、こうして差しておいたのだけれど……。」
麗は、嬉しそうに笑った。
「ねぇ、さっき私を呼んだでしょう?」
「……聞こえたのか?」
独が驚いて尋ねると、麗は、やっぱり、という顔で、こくり、と頷いた。
「それからよ。みるみる色が変わって行くの。驚いたし、嬉しかったわ。私たちでも、この花の色を変えられるのね。紫は無理にしても、赤になら。だから、あなたが帰って来るの、すぐにわかったのよ。」
麗は、優しい瞳で、しかし、誇らしげにレアの花を見つめた。
「本当に綺麗。この薔薇にも負けないわ……。」
「……。」
独は、無言でその花の赤を見つめた。
しばしば色を変えることで知られているレアの花は、本来は淡い空色だが、人が近づくと、紫や赤に変色することがある。紫は稀にしか見られないが、赤の方は、群生している英雄の丘などで、しばしば見ることができる。この不思議な花が赤く色を変えるのは、愛を感知した時とされており、世に恋人たちは少なくないからだ。
それは、秘められた愛を紡ぎ、偽りの愛や冷めてしまった愛を、容赦なく暴き出す。
だから、愛する者たちにとって、レアの花は、互いの愛を証明するものであり、一方で、悶着の種でもあった。心変わりでもしようものなら、すぐにバレてしまうからだ。
今、独の目の前にあるレアの花は、見慣れた空色ではなく、鳩血色のルビーにも優る美しい赤。
赤いレアは、愛の花。愛し合う者たちの愛の証である。
「麗……。ありがとう。」
独は、ようやく解放された両腕を差し延べて、薔薇の花束ごと、麗を抱き締めた。
愛しているのと同じだけ、愛されている。そう知ることは、無上の喜びだった。無論、それは、言葉では信じられないとか、そういう類のことではないのだが。
「いい香り……。」
麗は、独のなすがままに任せて、目を閉じた。
やはり、薔薇はいい。花の中では一番好きだ。しかも、こんなにたくさん……。
好きな花を贈られるのは、やはり嬉しいことだった。
これほど見事な薔薇の花は、見たことがない。大輪で、姿も見事だったが、これほど完璧な赤は滅多にないし、香りも良い。
こんな大きな花束を担いで帰ったのでは、さぞかし目立ったことだろう。独がどんな顔でこれを買い求め、持って帰って来たかを想像すると、自然に微笑みが浮かんだ。
「早速、活けるわね。」
「しまった。花瓶なんて気の利いたものは、うちにはなかったな。」
「何とかするわよ。」
麗は笑った。
「それからお肉を焼いて、そうね、あとニ十五分かしら。それまでにシャワーを浴びて、着替えてちょうだい。」
麗は、独の腕をすり抜けて、キッチンに消えた。
やがて、サラダとスープ、パンと焼きたてのステーキが載せられたテーブルで、二人は、赤ワインを開けて乾杯した。薔薇の花は、さすがに全部一度に活けることはできず、幾つかの固まりに分けられ、グラスやらビンやら、総動員した急造の花器に投げ込まれて、部屋を飾っている。テーブルの上にも、一際美しい三輪が活けてあった。
遮るものがなく、遠く海まで見渡せる南向きの窓は、きっぱりと開け放たれ、日はすっかり暮れて、空は次第に濃紺に塗り替えられようとしている。
これまでも二人で食事をしたことはあったが、いつも外でだったので、周りに誰かしら人はいた。こうして、本当に二人だけで食事をするのは、これが今朝に続いて二回目である。独も、さすがに現実を正確に認識できたようで、朝食の時のようにやたらに胸が一杯になったりはせず、料理を楽しむことができた。
二人は、仕事のこと、独が薔薇を買った新しい花屋のこと、明後日に迫った飛翔の結婚式のこと、レアの花は半径何メートルで反応するか? など、ごく他愛ない会話を楽しみながら、舌鼓を打った。
「ああ、美味かった。」
やがて、全てを平らげた独は、心からそう言った。肉そのものも良かったが、焼き加減が絶妙だった。
「そう? 嬉しいわ。私、お肉焼くのは上手いのよ。それと、煮込み料理。寒くなったら、シチューを作るわね。でも、単純な料理ばかりだって、意地悪言わないでね。」
麗も、独の食べっぷりに、満足そうに頷いた。
「いけない、もうこんな時間。花火が始まっちゃうわ。さっさと片付けちゃいましょ。私、ウォッシャーにお皿放り込んで来るから、食後のコーヒーは、独が入れてくれる?」
独の入れたコーヒーの方が美味しいから、と言って、麗は席を立ち、食器を集め始めた。後片付けは、機械が自動で綺麗にやってくれるので、楽なものである。
「わかった。」
「カップ、買っておいたわよ。昨日、独が割っちゃったから。一応お揃いよ。」
キッチンのカウンター越しに、得意そうに麗が言う。コーヒーメーカーの隣には、麗の言う通り、お揃いのマグカップが二つ並べてあった。お揃いといっても、嫌味のない、洗練された大人っぽいデザインのものである。
「ああ、それと、サイドボードの上の書類、独も書いておいてくれない?」
言われて、何気なくサイドボードに視線を移した独は、危うく、また新品のカップを落とすところだった。
「これは……。」
それは、婚姻届だった。既に、麗の記入すべき欄は、全て埋まっていた。
「もう、こんな時代だっていうのに、婚姻届は出しに行かなきゃならないなんて、お役所仕事の典型よね。でも、休みの間に、二人で出しに行くのも悪くないかと思って。今日、ついでに貰っておいたの。明後日は飛翔の結婚式だし、色々お買い物もしたいし、休暇は短いから、忙しいわよ。」
片付いたテーブルを拭きながら、何気ない様子で麗は答えた。
「いや、だからそうじゃなくて……。」
何やらはっきりしない独の様子に、麗は、テーブルを拭く手を止めた。
「なぁに、独。まさか、この期に及んでイヤだって言うんじゃないでしょうね。」
「そんなわけないだろう。」
独は、呆れ顔で、ちょっとむくれる麗を、背中から抱き締めた。
「何だか、一人でさっさと計画を立ててるじゃないか?」
「だって……。」
見上げた顔が笑っているので、麗は、少し表情を緩め、独の手に自分の手を重ねた。
「これから、ずっと一緒に暮らして行くのよ。なら、結婚したいわ。独は違うの?」
麗の頭には、結婚「するかしないか」という命題が、そもそも存在しない。独とて、それは同じなのだが、彼は、常に「麗はどうか?」と考えるだ。それは、半ば習性のようなものであろう。
「だから、そんなわけないだろう。今日だって、指輪を買うかどうかで、たっぷり三十秒は悩んだんだぞ。昨日の今日だし、あまり先を急ぐのもどうかと思ってやめたのに……。」
これからは、私があなたを追ってゆく。
確かに麗はそう言ったが、これでは、とっくに追い着かれているも同然である。追い抜かれようものなら、また捕まえるのが大変だ。
「あら、買って来てくれれば良かったのに。善は急げって言うわよ。」
「まぁ、薔薇とワインを先に買って、買い物をする気力もなかったんだが……。第一、それこそ、まだちゃんとプロポーズしてないだろう。」
「……したかったワケ?」
「そりゃそうだ。俺は、ずっとずっと待ってたんだ。段取りというものがある。」
「そう……。ごめんなさい。」
さすがに一人で先走り過ぎたと思ったのか、麗は素直に謝り、くるりと向き直った。
「じゃ、今して。」
いつものバチっと大きな目でそう見上げられて、今度は独がたじろいだ。
麗の瞳には、いつも真夏の太陽の強い輝きがある。無論、今さらためらう独ではないが、この瞳を見つめ返すには、いつも以上の力が必要だった。
「麗。」
「はい。」
「結婚しよう。」
「はい。」
「段取り」は、それで終わりだった。そのシンプルな受け答えがいかにも自分たちらしく、可笑しくなって、二人は笑った。
「私たち、これからはいつも一緒ね。」
独の胸に頬を埋めて、麗が囁いた。
「そうだな。いつも一緒だ。」
体がどんなに離れていても、きっと、死んだ後でも。
「明日、家を探しに行かないか。」
「家を? 私は別にここでもいいけれど?」
独は首を振った。
この部屋は、長いこと、居心地のいい自分の城だった。だが、麗との新しい暮らしは、別の場所で始めたい。
「もう少し広くて、日当たりのいい家を、オフィスからあまり遠くない場所で探そう。」
「そう? じゃ、計画を変更しなくっちゃ。」
「婚姻届も出さなきゃな。どっちを先にしようか? 計画室主任?」
「検討してみるわ。でも、飛翔の結婚式より先に婚姻届を出したりしたら、怒られちゃうかしらね?」
「構わないだろう。俺たちの方が年は食ってる。」
麗がくくっと笑った。
「そうね、発表するのはまた後日、ってことにすればいいわね。きっと、皆、驚くでしょうね。」
「そうだな。」
本人だって少なからず驚いているんだから、と、独は苦笑した。
「それから、指輪も買いに行こう。」
「嬉しいわ。私、イヤリングはたくさん持ってるんだけど、指輪って持ってないのよ。買ってくれる人もいなかったし、何となく自分のために買う気もしなくて……。」
正確に言うと、「買ってあげたかった」人はゴマンといたのだが、全て麗が断ったのである。
「でも、婚約指輪をすっ飛ばしていきなり結婚指輪、ってとこが少し残念ね。」
「いいさ。両方買えばいい。」
休暇明けの独の左手に指輪が光っていたら、今日、彼が定時で帰っただけで驚いていた人々は、一体どんな顔をするだろう。最低四秒はあんぐり口が開きっ放しになるであろうその顔を想像してみるだけで、可笑しかった。
その時、二人の横顔をパッと光が照らし、ほとんど同時に、ドンという音が響いた。
「花火!」
それは、賑やかな祭の始まりを告げる、最初の一発だった。
「ねぇ、どうする? ここも特等席みたいだけれど、遠くないし、出掛けましょうか?」
「いや、ここで見よう。」
引っ越してしまえば、もうここでは見られない。この部屋から花火を見るのは、これが最後だろう。
「そうね、じゃ、ソファーを窓際に移さない?」
そうする間にも、暗くなった空に、次々に色とりどりの花が咲く。二人は、それらに一々歓声を上げた。デイモスとの戦いが勃発する前は、毎年、どこかで当たり前のように見られた花火だが、こうして久し振りに見ることができると、やはり感慨深い。
また一際美しい青い花火が上がり、やや間を置いてドンと低い音がした。距離が近いせいで、音もあまり遅れずに聞こえる。
「見た? 今の。綺麗なコバルトブルー。あんな色も出せるのね。」
やがて、臨時の特等席と化したソファの上で、麗が感嘆の声を上げた。
「知ってるか? あの色は、コスモナイトで出すんだ。もう加工できない粉末のごく少量でも、あの色が出る。」
「そうなの? コスモナイトで? へぇ、花火に使われているとは、知らなかったわ。」
突然、麗が何かに思い当たったように、プッと噴き出した。
「ねぇ、せっかく二人っきりで久し振りの花火を見てるっていうのに、コスモナイトの話なんかして、もしかして、私たちってあんまりロマンチックじゃないわね?」
「一人はひたすら計画立ててるし?」
二人は、楽しそうに顔を見合わせた。こうした何でもない会話が、本当に楽しかった。
「そんなことはない。」
独は、麗の頭をそっと抱き寄せた。
「二人でいれば、いつだってロマンチックだ……。」
花火は上がり続ける。それは、宇宙からの祝福への返礼のように、地球に生きる人々の生命の輝きを宇宙に知らせるように、途切れることなく上がっては、暗い夜空に四散した。
宇宙を流れる悠久の時の流れから見れば、人の一生は、この花火のように、ほんの一瞬の瞬きに過ぎないのかもしれない。
が、その輝きは、その瞬間に、間違いなく闇を照らして行く。そして、美しい。
独は、明日妻となる美しい人の横顔を見ながら、太古の昔から続いて来た命というものの偉大さを、生きていることの奇跡と尊さを、噛み締めていた。
終
©️KING REGUYTH、三浦徳子 「星の一秒」