第四章 コンタクト
ACT1 嵐の前
紫色彗星帝国の作戦室では、参謀総長イゾルデ・レイラの要請で、作戦会議が開かれていた。
傲然と玉座に腰を据える大帝グレゴリウスの傍らには、いつものようにイゾルデが侍し、その前方の円卓を囲んで、提督や将軍ら最高幹部が座っている。彼らが注視する巨大なスクリーンには、惑星グラディオーナの監視衛星から送られて来た、ハヤトと彗星帝国第三艦隊との戦闘の様子が映し出されていた。
「ハヤトの波動砲とかいう武器な。あれはなかなか見事だが、それにまんまとしてやられるティレルもティレルよ。青い。あれで我が彗星帝国の将軍とは、片腹痛いわ。」
映像が終わると、提督の一人、ゴーランド・シュルツが口を開いた。
その不遜な口調は、明らかに、ティレルをグラディオーナの守備に当たらせたイゾルデを揶揄している。彼もまた、女ながらに参謀総長としてグレゴリウスに重用されているイゾルデを、快く思わぬ一人なのであった。いかにも頑固そのものという老獪な風貌を持つこの提督は、イゾルデの引き立てでアシュレイやティレルら若い者たちが台頭し、自分と肩を並べるまでになったのを、苦々しく思って来たのである。
さすがにイゾルデはゴーランドに鋭い一瞥をくれたが、敢えて反論はしなかった。普通ならば、激しい舌戦が繰り広げられるところなのだが、ここで自制が効く辺りがイゾルデらしい。
(それが大帝の御前で提督の口にする言葉とも思えませぬ。片腹痛いとは、貴公のことを言うのであろう!)
内心では、そのくらいのことは言ってやりたいイゾルデではあったが、この彗星帝国で提督の地位を占めている以上、ゴーランドとて愚鈍な者ではない。その言葉は一面真実でもあるのだが、いずれにせよ、今のイゾルデに、盛りを過ぎた老将の妬み僻みに付き合っている暇はなかった。
「いかが致しましょう、大帝。アシュレイの報告では、どうやらハヤトは、一足違いで金の星を手に入れてしまったようです。」
イゾルデは、ゴーランドを無視して、グレゴリウスを振り向いた。とにかく、金の星に関する作戦は、これで二つ、立て続けに失敗しているのである。
二つの作戦の失敗によって、第七艦隊はほぼ壊滅状態、第三艦隊に至っては、一つの残骸も残さず、完全に消滅してしまった。帝国始まって以来のこの大失態は、当然、指揮を執ったイゾルデの責任問題に発展しよう。幸い、グレゴリウスに、今のこの段階でイゾルデの責任を問う気はないようだったが、このままでは参謀総長の地位も危ない。ここで、これまでの失態を帳消しにする決定的な手を打つ必要がある。
何よりハヤトは、遂に帝国に先んじて金の星を手に入れてしまった。
銀の力を擁し、今また金の星の力を加えたハヤトが、今後いかなる手段で立ち向かって来るのか? 対処を誤れば、さしもの彗星帝国も、苦境に立たされることになるだろう。
そうした危機感を映して、イゾルデの薄茶の瞳が黄金の光を弾く。だが、対するグレゴリウスの顔には、レムリアにしてやられた時のような苦さはなかった。
「うむ。『面倒』が起こった、ということだな、イゾルデ?」
あくまで悠然と答えるグレゴリウスの、イゾルデとは対照的なその表情は、むしろこの状況を楽しんでいるように見える。
「大帝!」
イゾルデの頬に、パッと朱の色が走った。
かつて、グレゴリウスの前で、彗星帝国に面倒など起こったことはない、と、見栄を切ったイゾルデである。からかうようなグレゴリウスの言葉に、さすがのイゾルデも、しばし返す言葉を見出せなかった。
「面倒などと!」
そんなイゾルデの態度を同意と取ったのだろう、そう大仰に声を上げたのは、これも反イゾルデ派とでも言うべき、グスタフ・アムリッツ提督である。
「金の星、金の星、とイゾルデ殿はおっしゃるが、その結果のあのバリアが、それほどの脅威とは思えませんな。『ルルス』の他に大した武器も持たぬカーレル一艦の攻撃を防ぐことができたからと言って、何の面倒なことがありましょう。」
ゴーランドの最初の言葉にも表れているが、グスタフを始めとする幹部たちの関心は、金の星の発するバリアではなく、ハヤトの波動砲に向けられていた。
ハヤトが金の星を手に入れたことによって、新たに生じたらしいバリアは、確かに、カーレルの攻撃を防ぎはした。だが、カーレルは、イルーラの持つ力を解放し、コントロールするためのシステム、『ルルス』のためだけに建造された艦なのである。当然ながら、それ以外の武装度は低い。並の戦艦の三分の一がいいところであろう。カーレルの何倍もの火力を持った艦を何十隻と揃えた強力な艦隊が、彗星帝国にはまだ幾つもあるのだ。その攻撃の全てを防ぎ切るだけの強固なバリアだとは思えなかった。
その一方で、その強力なはずの帝国艦隊の一つを、ただの一撃によって葬った波動砲の威力は、彼らの目を見張らせるに十分だった。あれほどの威力を持った武器を、彼らはこれまで見たことがなかったのである。
無論、帝国の艦の武装度は、地球などのそれに比べれば、格段に高い。しかし、波動砲のように圧倒的な力を持つ武器が搭載された艦は、ルルスを持つカーレルを除けば、一隻もなかった。恐らく、己の絶対の守護神たる彗星本体の圧倒的な力が常に潜在意識にあるからだろう、個々の艦に、波動砲のような強大な武器を持たせるという発想自体がなかったのである。武人としての彼らの関心が波動砲に向けられたのは、ごく自然なことだった。
「アムリッツ提督。金の星の真の効果がまだ判明していない今の段階で、断定はなりますまいぞ。」
イゾルデが渋い顔でたしなめたが、グスタフも、簡単には矛を収めなかった。
「これはこれは、『氷のイゾルデ』たる参謀総長殿のお言葉とも思えませぬ。相次ぐ作戦の失敗で、さすがのイゾルデ殿もお気弱になられましたかな。」
大体、イゾルデが「金と銀の伝説」なるものを真面目に信じているらしいこと自体、グスタフにとって腹立たしいことなのであった。金と銀の力を得て帝国の安寧を計ろうとすることは、帝国本体の力を否定することに繋がり兼ねない。紫色彗星帝国と、それを率いる大帝グレゴリウス・ド・ズールは、それだけで偉大な宇宙の支配者なのであって、それは、金や銀の星だか娘だかが手に入ったか否かによって左右されるものではないのだ。この上なく大切なものであるかのように扱われている金の娘なども、言わば操り人形、手に入れたからには利用する、ただそれだけの存在に過ぎない。
「無礼であろう!」
たまり兼ねたイゾルデの一喝が飛んだ。
金の娘を遇し、伝説を信じて残りの星と娘を手に入れようというのは、グレゴリウスが自ら決めた方針でもあり、グスタフのこの痛烈な皮肉は、聞きようによっては、グレゴリウスへの暴言にもなり得る。
イゾルデはそれを示唆してみせたのだが、当のグレゴリウスは、一向に気にはしていなかった。グスタフの言う通り、金と銀の力は、彗星帝国に威光を添える道具なのであって、帝国存続のために必要不可欠なものではない。グスタフのような見方もまた、帝国にとっては必要なのだ。
「銀の力に金の星の力が加わった時、それは金の娘の力に匹敵する、という説もある。ハヤトがその力を得た今、それが帝国にとって何の障害にもならぬと、貴公は断言してか!」
イゾルデの激しい叱責に、グスタフは、ようやく口を噤んだ。
敵艦隊はもちろん、惑星すら粉砕してしまう金の娘の力。出力を最大に上げれば、恒星さえも爆発せしめるという。その凄まじいばかりの威力は、グスタフも十分に認めるところであった。ハヤトがそれと同等の力を手にしたとなれば、確かに見過ごしてよいはずはない。
「しかし、現段階では、金の星の正確な効果は判明しておりませぬ。ここはまず、それを確かめなければなりますまい。」
グスタフを黙らせたイゾルデは、そう言って、グレゴリウスを振り仰いだ。軽く頷いてみせるグレゴリウスは、イゾルデらのやり合う様子までも楽しんでいるようだった。
「同時にカーレルの護衛、ハヤトの次の狙いは、金の娘に相違ありません。既に帰還命令は出しましたが、今のカーレルは丸腰同然、ルーナンシアの爆発に巻き込まれた影響で、ワープ可能距離も通常の三分の一程度、万が一ということもございます。」
紫色彗星は、既に銀河系内に在る。彗星の現在位置から惑星グラディオーナまでの距離が約五十六万光年、今のカーレルのワープ可能距離が約十八万光年。ハヤトのワープ可能距離は約二十万光年と推定されるから、カーレルが彗星に帰り着くまでに、二つの艦が遭遇する可能性がないとは言えない。金の娘を彗星に収容してしまえば、いかに金の星を手に入れたハヤトと言えど、容易にそれを奪うことはできまいが、守りが武装度の低いカーレル一艦では心許ない。この上、金の娘までをハヤトに渡すわけには行かないのだ。
イゾルデの提案は、的を射たものだった。
「よかろう。ゴーランド! グスタフ!」
「ハッ。」
グレゴリウスに名を呼ばれた二人の提督は、玉座の前に進み出ると、恭しく膝を折った。
「直ちに艦隊を引き連れ、カーレルの援護に向かえ。ハヤトは必ず来る。もはや遠慮はいらぬ。事と次第によっては、ハヤトなど叩き潰しても構わん。」
ゴレゴリウスは言い、
「今度は、帝国の将に相応しい戦いを見せてもらえような?」
と、試すように笑った。
「ハハッ!」
ハヤトの波動砲の威力にはいささか驚かされた二人だったが、それと勝敗とはまた別物である。ティレルが敗れたのは、彼が成り上がりの若造だったからだ。自分は違う。その自負と、大帝の勅命を拝した誇りを顔一杯に表して、
「必ずや、我が彗星帝国と大帝の偉大さを、ハヤトに思い知らせましょう。」
と、ゴーランドが言い、
「大帝のご期待に背くような真似は致しません。」
と、グスタフが続けた。
「その言葉、しかと聞いた。よし、行け!」
「ハッ! 大帝万歳!」
二人の提督が、忠誠を誓う挙手の礼をして、意気揚々と出て行くのを見送ると、イゾルデは、
「アシュレイに、ルルスの使用を許可してもよろしいでしょうか?」
と、グレゴリウスを見上げた。グレゴリウスは、その問を予想していたかのように大きく頷くと、ククク、と、喉を鳴らして笑った。
「そちも人が悪い。」
「は……。お気に障りましたら、お許しください。」
イゾルデは頭を垂れたが、それがグレゴリウスの意に叶っているだろうことを確信していた。
先刻の、事と次第によってはハヤトを叩き潰しても構わぬ、という言葉は、ハヤトを生かし、そこから銀の星と娘をも奪うという段階は既に過ぎた、とのグレゴリウスの判断を示している。それはすなわち、ハヤトが、ただのうるさい蠅の如き存在ではなく、帝国の全力を挙げて叩かねばならぬ敵だと認識されたことを意味する。最悪の場合は、ルルス、すなわち金の娘の力を使ってでも、これを葬り去らねばならない。
グレゴリウスの意を瞬時に誤りなく汲むこの辺りが、イゾルデを参謀総長たらしめているのだが、ルルスの使用許可を願い出るということは、今送り出したばかりの二人の提督の敗戦を予想しているということになる。グレゴリウスは、それを、人が悪いという表現で指摘したのだった。
「ハヤトはルルスにどう対するかな? 金の星の効果には、そちも興味があろう。」
「お戯れを……。」
アシュレイに通信しようとしていたイゾルデは、思わず振り返って、グレゴリウスの顔を見上げた。グレゴリウスがこのように上機嫌で戯れることは、非常に珍しい。
「ルーナンシアといい、地球といい、楽しませてくれるわ。」
そう言って、グラスを取り上げるグレゴリウスは、本当に楽しげであった。
思えば、紫色彗星という絶対的な力を得た彼にとって、日々は、単調なものだったのかもしれない。行く手に立ちはだかるものは何一つなく、イゾルデに任せておけば、全てが申し分なく取り運ばれた。その彼の前に、久し振りに敵らしい敵が現れたのである。その身に深く沈む武人の血が騒ぐのだろう。
(ハヤトか……。この彗星帝国に楯突こうとは、小癪な、可愛い者どもよ。)
強力にして絶対無比の紫色彗星に、ただ一艦で立ち向かおうという気概を持つ者たちを生んだ地球。地球を生んだ銀河系。双方ともが、瑞々しい生命エネルギーに満ち溢れているであろうことは疑いない。そして、その全てが、遠からず自分のものになるのだ。
「良い銀河だ。美しい。」
今は無心に色とりどりの光を放つ星の海を、宝石を見るような思いでしばし眺めると、グレゴリウスは、満足そうにグラスを干した。
一方、惑星グラディオーナで首尾よく金の星を手に入れたハヤトは、突如として現れたカーレルとの戦闘を避けてワープし、銀河系まで約三十六万光年の地点に停泊中だった。
まずは金の星を手に入れることができたとあって、艦内の士気は上々だったが、彼らの前には、引き続き難題が立ちはだかっていた。
金の星だけでは、紫色彗星を倒すことはできない。彗星に勝利するためには、さらに金の娘を手に入れる必要がある。だが、金の娘については、その所在すら判明していないのだ。金の星を手に入れた喜びも束の間、招集を掛けられ、中央作戦室に集うメインスタッフたちの顔は、一様に険しかった。
「何! それは確かなのか。」
「はい。そうでなければ、あれほど明瞭な気配を感じるはずがありません。」
いかにして金の娘と接触するか? 手探りのまま始められた会議の冒頭で、舞がワープ直前に感じた金の娘イルーラの気配について報告すると、中央作戦室は、たちまち騒然となった。
「ふーむ。あの艦に……。」
土方は、思わず激しく舌打ちしていた。
ハヤトと同じように艦首に据えられた大きな砲が印象的な、美しい艦。
(あの艦の中に金の娘がいると知っていたら、ワープなどせずに、あの場に止まったものを……。)
土方は後悔した。ハヤトは、金の娘と接触する、千載一遇のチャンスを逃してしまったことになる。
「……とすると、これはやはり……。」
土方の横で、独が呟いた。
惑星グラディオーナで、バリアの中に飛び込んで来た敵の兵士と格闘し、再び肩の傷が開いてしまった独だったが、既に佐渡の元で治療を終え、小言の山をお土産に、通常勤務に復帰していた。
「独よ、お前さん、いつから戦闘員になったんじゃ。」
佐渡は、半ば呆れ顔で開口一番そう皮肉を浴びせると、手荒く治療をしながら、
「科学技術長は頭が資本、その頭をちゃんと働かせるためには、体が大事。そんなことは、わしに言われるまでもなく、自分自身が一番よく知っておるじゃろう。あまり無理はせぬものじゃぞ。」
と、珍しく強い口調でたしなめた。
今のところ、幸いにも、戦闘隊にも空間騎兵隊にも、死者はもちろん、目立った負傷者も出ていないのに、いつも冷静沈着で、冷徹な科学者を地で行くような独が、彼らしくもなくたびたび負傷して戻って来たりするのが、佐渡には気に掛かったのである。
(独ほどの者も、金の星に魅入られたかの……。)
カルテを記入しながら、佐渡は、そっと独の表情を盗み見た。
確かに、金の星も銀の星も、実際に目の前に存在するものではある。しかし、伝説にうたわれるその力は、この世に生きる者にとっては「不思議」だ。「魔法」と言ってもよいだろう。その力に取り込まれてしまってはならない。いかにも人間らしい彼の直観が、そう告げるのである。
無論、レムリアの告げた唯一の方法を、佐渡も認めないわけではない。だが、それに頼り過ぎると、自分の運命を自分の手で切り開いてゆく、人本来のあるべき姿が失われてしまうのではないか、と、彼は危惧したのだ。
(科学者にとっては、科学と魔法の境はないのかもしれぬが……。)
ハヤトが人本来の姿を見失わない艦であり続けるためには、メインスタッフたち、特に、科学技術長たる独こそが、そんな「力」の渦に巻き込まれることなく、外側から現実を冷静かつ的確に判断できる人間でなければならない。その独までもがこんな状態では、と、佐渡は不安を抱いたのである。
佐渡は、そうした自分の漠然とした不安を持て余しつつ、くどくどと小言を言い続けて、独を辟易させたのだが、さすがに今度は休むようにとは言わなかった。傷は決して浅くなく、医者として気掛かりだったが、彼も、いよいよ独が休んでいられる事態ではないことを認識していたのである。
薬を処方し、渋々独を送り出した佐渡は、次に麗を呼び付けた。そして、麗にも、なぜ独がグラディオーナへ降りるのを止めなかったのか、と苦情を並べ立て、
「意外にダメージは大きいぞ。片時も側を離れるな。」
と、ことさらに強く言い渡したのであった。
佐渡の言葉通り、麗は、ここでも独の傍らにさり気なく、だが、断固として場を占めている。その瞳にわずかに宿った心配の影が、見る者にいつも夏の光を連想させる眼差しの清冽さを、微かに翳らせていた。
「神宮寺。何か?」
独の呟きを耳にした土方がそう問い返すと、独は、
「はい。私の方にも、ちょっと気になることがあります。」
と、パネルを操作し、床面の大パネルにレーダー画面を映し出した。
「これは、例の新たな敵艦が現れた時のレーダー画面です。見てください。ここに、映るはずのない不思議な点が映っています。」
独は、パネル上の光点を指し示した。
「何だ、これは……。金色?」
剛也が、不審げに独の顔を見上げた。
金色――。
そうはっきりと色の読み取れる輝きが、画面上で燦然と光を放っている。通常は、対象物が白もしくは赤、緑などの光で表されるはずのレーダーに、金色の光点が映し出されるなどという奇妙なことは、ハヤトのレーダーの仕様からして、あり得ないことであった。
剛也の言葉が終わらぬうちに、その横で、美央が、何かを思い出したように、あっと声を上げた。
「これはあの艦です。金の星収容直後に現れた……。右舷前方二百宇宙キロ、間違いありません。」
言いながら、美央は密かに赤面していた。
突然、レーダー上に出現した金色の敵影。無論、美央も、そのあり得ない色を、不審に思いはしたのだ。しかし、その後の雑事に取り紛れて、今まで、誰にもそのことを報告していなかったのである。
やる以上は舞以上でありたい、という自負は、美央にもある。が、舞であれば、絶対にこんなミスはしない。その断定がもたらす羞恥と悔しさが、針のように鋭く美央の全身を駆け抜けて行った。
不慣れな任務を何とかこなし、ひとまずは無事に金の星を手に入れ、敵からも逃れ得たことで、心にポッカリと隙が生じてしまったのだろうか。短時間に大量の情報を処理する能力においては、やはり、美央は、舞には及ばないようだった。かと言って、舞には生活班長は務まらないのだが……。
独は、美央の言葉に頷き、
「次に、これを見てください。これは、全天球レーダー室の半径二十万光年の現時点での全天球図を、二次元化して転送したものですが、ここにも、金の光点と、さらにもう一つ、銀の光点が映っています。」
と、パネルをチェンジした。
新たに表示された銀の光は、図の中心、すなわちハヤトの現在位置を、金の光は、中心から銀河系寄り約十六万光年の座標を、それぞれ指し示している。
一体、これはどういうことなのだろうか?
一同は、声もなくそれに見入った。
対象物が金・銀の色で表されるのもさることながら、そもそも、十六万光年先をキャッチするレーダーなど、ありはしないのである。半径二十万光年の宇宙図ともなれば、そこには、予めインプットされている星影が映し出されるだけのはずだった。
「金と銀か……。」
思わず漏らした徳川の呟きに符合するものを感じつつ、土方は、
「君の考えは?」
と、独に先を促した。
期待と好奇心に満ちた皆の視線が、一斉に独に向けられた。
そんな人々の横顔を、金と銀のラ・ムーの星の発する穏やかな光が照らし出している。バリア発生の効率から考えて、二つの星は艦の中央部に設置されるのが適当であろう、との独の判断によって、今や、二つの星は、ハヤトのほぼ中央に位置する、ここ中央作戦室に運び込まれていたのであった。
「詳しい調査の結果、金の星収容直後から、ハヤトの全レーダーにこのような変化が生じており、また、金の光は例の敵艦を、銀の光は常にハヤトの現在位置を、指し示しているらしいことがわかりました。では、なぜ、ハヤトは銀の光点で表されるのでしょうか?」
独は、飛躍とも思える問を発し、一瞬言葉を切って、皆の顔を見回した。
「ハヤトには、銀の娘である舞が乗っているからです。」
期せずして、一同の間からあっという声が漏れた。
「そう考えると、全ての辻褄が合います。金の光で表された敵艦に、舞が金の娘の気配を感じたのも、偶然とは思えません。金の娘の乗る敵艦が金の光で表され、銀の娘の乗るハヤトが銀の光で表される……。つまり、これらの光は、それぞれ、金と銀の娘の位置を表しているのではないでしょうか?」
その一言で、中央作戦室は静まり返った。あまりにも突飛で、それでいて、皆を納得させるに十分な独の推測であった。
金の光点として表された敵艦、銀の光点として表されるハヤト。その金と銀の意味を考え合わせた時に、最も自然に導き出される結論がこれであろう。だからこそ、舞も、かの敵艦の中に金の娘の気配を掴み取ったのだ。これは必然である。皆にはそう思えた。
「うむ……。すると、これも金の星の効果なのか……?」
「はい。そうとしか考えられません。」
独の熱のこもった同意を耳にしても、土方だけは、なおも慎重に首を傾げていた。
「ミスター、金の光点の位置は?」
「うむ。ハヤトからの現在位置、銀河系寄りに約十六万光年。恐らく、彗星に向かっているものと思われる。」
猛の問を受けて独がパネルを操作すると、画面が拡大され、紫色彗星と、それを真っ直ぐに目指しているらしい金の光点が映し出された。
紫色彗星は、既に銀河系内へ深く突入している。それは、あくまで計算に基づく推定位置ではあったが、禍々しい紫の光が白く輝く銀河系を侵してゆくリアルな合成画像が、残された時間の少なさを改めて皆に思い起こさせ、新たな戦慄と声にならないざわめきとが、中央作戦室に渦を巻いた。
「艦長! 敵は、金の娘を彗星に収容しようとしているに違いありません。もし、金の娘が彗星に収容されてしまったら、いかにハヤトが金の星を手に入れたとは言え、彗星本体を相手に、そう簡単に接触できるとは思えません。この機会を逃さず、金の娘が彗星に収容されてしまう前に、絶対に接触を果たすべきです。」
猛が、これも独の説を信じきっている様子で主張した。
いや、信じるしかない、と言った方がいいのかもしれない。ハヤトが地球を発して既に二十二日、残された時間は七十余日しかないのだ。金の娘の所在については、今のところ、他にこれといった手掛かりはない。ならば、賭けてみるしかないのではないか? 確実性を求めて、いたずらに時を過ごしては、取り返しがつかないことになる、というのが、猛の認識であった。
「うむ。」
金のラ・ムーの星が、十六万光年先の金の娘の存在を察知して、それをハヤトのレーダー上に知らしめる。果たして、そんなことが起こり得るのだろうか?
土方は、それに賭けてみることの是非を、もう一度注意深く検討し直した。
直観的には正しい。が、何しろ、そこには何の保証も証明もないのだ。それが、焦るあまりに考えるべきことを考えず、打つべき手を打たず、自分たちにとって都合のいい、目先の考えに飛び付いている状態であっては困るのである。
そうは言っても、確実性を求めた場合、今は何一つできることがなかった。何の当てもなく、それもわずか七十余日、いや、その後紫色彗星と対峙せねばならないことを考えれば、実際にはもっと少ない日数で、この広大な宇宙から金の娘を探し出すとなると、万に一つの可能性もあるまい。
一方、敵艦に金の娘の気配を感じた銀の娘としての舞の認識力、レーダーに表された金銀の光が、それぞれ金と銀の娘の位置を表しているという独の推測、そのどちらもが、取るに足らない夢物語として一笑に付すには、筋が通り過ぎていた。とにかく、金の星の収容直後から、あり得ないはずの金と銀の光点が、レーダーに表されるようになったのは事実なのである。言わば、それがたった一つの手掛かりなのであった。
残された時間を考えると、たとえそれが不確実な情報であっても、賭けてみる以外に道はないのが、今のハヤトなのではないか? それが正しければ、猛の言うように、今が金の娘と接触する絶好の、かつ最後のチャンスであったし、よしんば誤りであったとしても、このまま手を拱いて無駄に時を費やすよりは、遥かにましであろう。
「よし! 金の娘を追うぞ。」
土方の気合を込めた決断が、中央作戦室にこだました。息を詰めてそれを待っていた一同の間に、瞬く間に活気が蘇った。
「神宮寺、敵艦の速度は? 彗星の手前で追い着けるか?」
決断すると、後は、流れるようないつもの土方の指揮ぶりである。
「敵艦の推定ワープ可能距離が、約十八万光年ですから、ハヤトのワープ可能距離を考えると、十分彗星の手前で接触できます。」
「十八万光年? ハヤトより短いのか?」
独の説明に、飛翔が疑問を挟んだ。
彗星帝国の科学力から考えて、敵艦のワープ可能距離が、ハヤトのそれを下回っているとは、解せない話である。
「うん。これは俺の推測だが……。」
恭一郎が、飛翔の問に答えて、自分の認識を語った。
「金の娘は、彗星帝国にとって、掌中の珠であるはずだ。迂闊に彗星本体から出すとは思えない。それを出したということは、多分、金のラ・ムーの星捜索に当たらせるためだろう。星と娘が対である以上、金の星の存在を最も確実に察知できるのは、金の娘であるはずだからな。つまり、あの艦は、金の娘と共に金の星の捜索に出て、ルーナンシアと地球の動きを察知し、レムリアが言っていたように、ルーナンシア星の近くで我々を監視していたんじゃないだろうか? そして、ルーナンシア星の爆発に巻き込まれて、機関部に何らかの支障を来した……。」
恭一郎は、ルーナンシアでレムリアの言葉を直接聞いているだけに、惑星グラディオーナで攻撃を仕掛けて来たカーレルを見た瞬間に、それを、ルーナンシアでハヤトを監視していたはずの敵艦に結び付けて考えることができたのだった。
「なるほど。それで、グラディオーナへも遅れて現れたのか。そして、バリアを見て、金の星が既にハヤトに渡ったことを悟り、今は、金の娘を紫色彗星へ収容するために急いでいる……。」
飛翔が、そう恭一郎の後を引き取った。
もし、その推測が正しいとすれば、事はさらに一刻を争う。艦の修理が完了してしまったら、その時は、ハヤトも追い着くことはできまい。それにしても、ルーナンシア星の爆発のせいで、金の娘の紫色彗星への収容が遅れているのだとしたら、ここでも、レムリアの意地と執念は実を結んだことになる。
「よし。まずワープして、例の敵艦に追い着く。そこで勝負を掛けよう。」
土方は、一同を見渡して、力強く作戦を述べた。
「グラディオーナで遭遇した時は、相手もただ一艦だったが、当然、今は強力な護衛艦に守られているに違いない。しかし、こちらにもバリアがある。敵の攻撃を防ぎつつ、目指す艦に接近して、空間騎兵隊、戦闘隊を中心に白兵戦を掛ける。それ以外に手はない。」
「はい!」
土方の言葉に、熱気に満ちた返答が炸裂した。
「問題は、こちらがワープで追い着いた直後に長距離ワープで逃げられてしまった場合、どうするか、だ。神宮寺。何かいい手はないか?」
ルーナンシアからグラディオーナまでは、ハヤトは、一日のワープインターバルで長距離ワープをこなして来た。厳密に言えば、十時間で次の長距離ワープに必要なエネルギー充填が完了する。しかし、それでは、ハヤトが追い着いた直後に相手がワープした場合、追跡が遅れ、取り逃がしてしまう危険性が出て来る。
「はい。現在、連続で長距離ワープがこなせるよう、エネルギーチャージャーの改良を行っています。それが完了すれば、二十万光年以下の距離なら、三時間のインターバルで、連続ワープできるようになります。」
「結構だ。三時間がより短くなるようであれば、なお良い。」
土方は頷いた。
「なお、金の娘との接触は、片桐に一任する。新命は、引き続きその護衛に付け。」
「……はい!」
飛翔と共に、舞は、蒼白な顔で頷いた。
作戦が成功し、金の娘に出会うことができたとしても、その心を真実に向けて開かせることが、果たして自分にできるのか?
もちろん、必ず金の娘に会い、その心を取り戻してみせる、という誓いに、いささかの迷いもない。しかし、金の星の守護者ユリアナに、金の娘イルーラのむごい過去を聞かされてから、ともすれば心が大きく揺らぎそうになり、そのたびに危うく踏み止まっている舞なのであった。
「片桐。金の娘の心を開くことができるのは、銀の娘だけ……。そう言ったレムリアの言葉が本当かどうかはわからんが、私は信じる。この仕事は他の者には務まらん。その代わり、その他の事は思い煩う必要はない。皆が力を合わせて、必ず金の娘との接触を果たさせよう。辛いだろうが、頑張ってくれ。頼んだぞ。」
それは、どこまでもレア・フィシリアとして重い荷を背負わねばならない舞への、土方の最大の労りであり、励ましであった。
金の娘の重い過去については、既に舞から聞かされている。が、だからと言って、それに関しての助言や忠告などは、誰にもできるものでははなかった。
これは、あくまでも、金の娘イルーラの心の問題なのである。それを確実に解く方程式など、この世には存在しまい。よって、金の娘との接触については、舞に任せる他はなく、後は、自分たちのできることに全力を尽くし、舞を支援する。それ以外に、成すべきことはないのだ。
金の娘を覚醒させることに失敗すれば、紫色彗星は宇宙を席巻し続け、やがて、宇宙は滅亡の途をたどるだろう。彼らは、宇宙の存亡を懸けた重責を一人で負わねばならぬ、その過酷な運命を辛く思いつつ、なおも立ち向かおうという気概を映す健気な舞の横顔を、心底守りたいと願うのだった。
土方の言葉に、猛が、飛翔が、皆が、それぞれ、舞に向かって頷いてみせた。彼らの胸には、全力で舞を守り、支えてみせるという覚悟が、とうに存在している。
「はい。全力を尽くします。」
舞に言えるのは、それだけだった。
一つだけ、微かな希望の灯があるとすれば、それは、レア・フィシリアたる自分と会うことで、イルーラのレダ・フィオリナたる部分の記憶が先に蘇るのではないか、ということである。
金の星と共に、邪悪な者の野望を打ち砕くべき、レダ・フィオリナの使命。イルーラが先にそれを思い出せば、望みは繋がる。
しかし、恐らく、シュナザードの悲惨な記憶は、身に深く沈むレダ・フィシリアの記憶よりも、より表層に位置するであろう。それを避けて通ることができるのか? あまりにもむごいその過去を取り戻した時、イルーラはどうなってしまうのか……?
舞の脳裏を暗い予感がよぎる。
いずれにせよ、金の娘に会ったら何と言おうなどと、予め考えておけるものではない。このコンタクトに失敗すれば、いずれハヤトも彗星に滅ぼされてしまうだろう。となれば、命を懸け、心から真実を語り掛ける以外に、取るべき道はない。
と、その瞬間、二つの星が、微かに緩やかなきらめきを放った。
一同は、しばし我を忘れて、燦然と光を投げ掛ける二つのラ・ムーの星に見入った。その輝きは、何を暗示しようとしているのだろうか?
「不思議な光……。柔らかな、包み込むような……。」
美央のその呟きは、居合わせた者たちの総意だった。
金の星と、決してその側を離れようとしない銀の星。時に強く、時に弱く、まるで呼吸するかの如く揺らめく金と銀の光は、その眩しさとは裏腹な緩やかさを皆に感じさせた。彼らにとって、それは守りと祝福の確約である。
「総員、ワープ準備!」
土方の指令が飛び、金の娘を追うべく、ハヤトは、直ちにワープの準備にかかった。