ACT8 金の娘イルーラ
「第七艦隊司令、アトレイデ将軍出ます!」
イゾルデが命令して間もなく、前面の大スクリーンに、彗星帝国第七艦隊司令、アシュレイ・フォン・アトレイデ将軍の姿が映し出された。淡いグレーの髪と同じ色の冷めた瞳の長身の青年は、いかにもきびきびした様子で膝を折る。
『第七艦隊司令、アシュレイ・フォン・アトレイデであります。』
「アトレイデ将軍。その後、ラ・ムーの星の捜索状況はどうなっている?」
イゾルデが、すかさず言葉を掛けた。
アシュレイの率いる第七艦隊は、金・銀のラ・ムーの星を捜索する任務を帯びている。その目的のために、先鋒としてルーナンシアに攻撃を仕掛け、これを滅ぼしたのも、この第七艦隊であった。
『はっ。銀の星の方は、やはり、地球に託されたと考えるのが妥当かと思われます。が、金の星は、必ずこの周辺に隠されているはず、現在、宇宙座標EX-八から半径二十万光年の区域を、隈なく捜索しております。』
アシュレイは、星図を示した。宇宙座標EX-八は、ルーナンシアと銀河系のほぼ中間地点に当たる。
「それで、手掛かりは?」
『申し訳ありません。それが、一向に……。』
「やはりな。先刻、ギリアムが、地球から宇宙戦艦ハヤトが飛び立ったと言って寄越したぞ。」
『ハヤト?』
アシュレイの端正な眉がピクリと動いた。
『あの宇宙戦艦ハヤト、ですか?』
次の瞬間、深みを増した鋭いグレーの瞳に、もう獲物を追い求める野獣の輝きが宿っている。
「そうじゃ。小賢しい者どもよのう、アシュレイ。」
それを認めて、イゾルデの後ろから、グレゴリウスも声を掛けた。大帝自ら直々に声を掛けるのは、非常に珍しいことである。
「ハヤトは、ルーナンシアへ向かっておる。恐らく、銀の星と娘を乗せてな。」
『何と!』
「アシュレイ! ハヤトを追え。ハヤトは、ルーナンシアから、金の星の在り処を聞き出すはずだ。ハヤトを尾行し、ハヤトより先に金の星を手に入れるのだ。その上で、銀の星と娘もハヤトから奪い取れ!」
『ハハッ。必ず!』
アシュレイが挙手の礼で応えるのに、傲然と頷き返していたグレゴリウスは、ふと、視線をスクリーンの後方へ移した。
「おお、これはイルーラ姫。ご機嫌良うお過ごしか?」
グレゴリウスの声は、意外なほどに柔らかい。アシュレイの後ろには、長く裾を引いた美しい薔薇色のドレスをまとった、少女と言ってもよいほどの若い女性が、その裾を軽くつまんで、頭を垂れている。
『大帝閣下にはご機嫌麗しゅう……。ご挨拶が遅れて、失礼致しました。』
涼しく軽やかな声と共に、女は顔を上げた。豪華な金の髪が、細い肩先に揺れる。
イルーラ・ソム・リスレル。彗星帝国の掌中の珠、「金の娘」である。
(いつもながら、そぐわぬ!)
イゾルデは、自身とはあらゆる意味で対照的なイルーラの顔を見るたびに、いつもどうしようもない苛立ちを感じるのであった。
「金の娘」と呼ばれるに相応しい、豪華な黄金の髪、どこまでも青く澄んだ瞳、艶やかに濡れた桜貝のような唇、シンプルだが着る者の美しさを十分に引き立てるドレス。そのどれもが、この彗星帝国には全くそぐわぬ、場違いなものに思われるのだ。特に、澄みきってきらめいてはいるが、どこか焦点の定まらぬ、夢見るようなイルーラの瞳を、イゾルデは嫌悪していた。
「アシュレイ殿は、優しゅうしてくれておろうな?」
グレゴリウスまでもが、イルーラに話し掛ける時は、決してイゾルデには聞かせぬ声音になるのであった。ハヤトの名を聞いた時に、アシュレイの瞳に浮かんだ野獣の輝きも、今は消え失せている。黙ってそこに立っているだけで、春の薫風が吹き渡るような、そんな柔らかさと美しさを持つイルーラであった。
『……はい。』
わずかな躊躇を見せて頷くイルーラの頬が、仄かに上気した。
(この娘は恋をしているのだ!)
イゾルデはますます苛立った。
この嫌悪は、自分が女であるからなのか?
イゾルデは、いつも、イルーラと接する男たちの、自分とは異なる反応を持て余すのだった。グレゴリウスですら、この場違いさに気付かぬというのであろうか?
グレゴリウスが愛しているのは、イルーラ自身ではなく、その持つ力である。神を自認する彼にとって、この世に存在するものは全て、支配すべき対象であって、人間とは、眺め、動かす、駒のような存在でしかない。その者の才能を愛することはあっても、その者自身を己と対等の存在として愛したりはしないのだ。
しかし、そのグレゴリウスにとっても、イルーラは特別に扱う必要のある存在らしい。
そして、アシュレイは、この娘を愛し始めている。力を持つ者だけがのし上がり、生き残る、冷酷非情なこの彗星帝国に、愛だの恋だのが存在するなどと、全く以てお笑いではないか。
(こんな娘が、あのように強大な力を持っているとは……。)
無論、イルーラが帝国内で現在のような処遇を受けているのは、それなりの力を持っているからなのだが、確かに、イルーラは、彗星帝国においては、あまりにも異質な存在であった。この絶対の帝国が崩壊することがあるとすれば、それは、イルーラのような娘が何の違和感もなく存在する時だ、という危惧さえ、イゾルデは持っている。
だが、そうした感情を表に出してしまえば、イゾルデの配下に甘んじている男たちは、浅ましい女の嫉妬よ、と、陰で誹謗することだろう。だから、イゾルデは、苛立ちを悟られぬよう、常に努力をする必要があった。
大帝グレゴリウスにその力を愛され、帝国最強の将軍と称されるアシュレイを虜にする、美しい金の娘イルーラ。正面切って対立するには、あまりに儚く、美しい――。
(あるいは、これが嫉妬というものであろうか?)
イゾルデ自身、そんな風に思うこともあった。それは屈辱的な思考である。イルーラの顔を長く見ているのは、苦痛だった。
「では、アトレイデ将軍。大帝のご命令、しかと遂行するよう。ハヤトの位置については、ギリアムと連絡を取ればよい。イルーラ殿も、務めを果たされよ。」
己の負の感情を振り払うように、イゾルデは、スクリーンの二人に向かって、厳しく言い放った。
『ハッ!』
『……かしこまりました。』
イルーラは、海を思わせる青い瞳で、一瞬、イゾルデを見つめると、再び華奢な指でドレスの裾をつまみ、頭を垂れた。イゾルデは、その夢見るような瞳への不快さから逃れるように、踵を返してスクリーンに背を向けた。
この宇宙のどこかに隠されているという「金の」ラ・ムーの星、そして、それを扱うことのできる運命の娘「レダ・フィオリナたる金の娘」。
これらは一体何なのか?
そして、彗星帝国には似合わぬ、美しく可憐な少女、イルーラ・ソム・リスレル。
この娘が本当に「金の娘」だとすると、彗星帝国は、どうやってこの娘を手に入れたのだろう。
何も知らぬまま、「銀の」ラ・ムーの星と「レア・フィシリアたる銀の娘」舞を乗せたハヤトは、ルーナンシアへの道を急いでいる。一方、命令を受けたアシュレイも、彗星帝国最強の第七艦隊を率いて、密かにハヤトの追跡を開始していた。
数々の謎を秘めた「金の娘」と共に……。
ハヤトの乗組員たちは、その事実を知る由もなかった。