ACT9 ラ・ムーの星

 期限の二週間が過ぎた。修理と補給も完了し、乗組員の疲れも癒えたハヤトは、アンドロメダへ向けて、再び旅立つのである。
「女王レムリア。今日は、お礼とお別れに伺いました。」
 沖田とメインスタッフたちは、別れの挨拶をしに宮殿を訪れていた。大広間には、遠来の客人を送るために、女王レムリアを始めとする大勢のルーナンシア人たちが集まっていた。
「おお、沖田。いかがです、十分休息は取れましたか。」
 女王レムリアは、いつものようににこやかに笑って彼らを迎えた。
「平和というものは、自分たちの手で勝ち取るものです。私たちの力をあなた方のために使うことはできませんが、苦難の旅を自らの手で勝ち取ってください。」
「よくわかっています。ここでのご厚意は決して忘れません。」
 レムリアの言葉に、沖田は深く頷いた。
 ハヤトは苦難の艦である。それを支える沖田の鉄の意志を、レムリアは垣間見る。
「舞。レア・フィシリアとして目覚めし娘よ。」
 一通りの挨拶を終えると、レムリアは、ゆっくりと舞の元へ歩み寄り、慈愛に満ちた眼差しを向けた。
「出立に当たって、あなたに贈りたい物があります。」
 レムリアが言うと、宮殿の奥から二つのものが運び込まれて来た。一つはパーティの夜舞が身に付けた衣装、そして、もう一つは美しく光る銀色の球体である。
「銀の球……?」
 透明なようでもあり、不透明なようでもある、名状し難い輝きを放つ直径二メートルほどのその球体は、その場にいる人々の精神波を受けて、時折虹のような妖しい光を紡ぎ出した。
「これは、『ラ・ムーの星』と呼ばれる、コスモエネルギーの解放装置です。これを使えば、レア・フィシリアの祈りを媒体に、コスモエネルギーを解放することができます。それは、必ずやハヤトと地球を救い、この宇宙に愛と平和をもたらすことでしょう。」
 ルーナンシアの秘宝、コスモエネルギー解放装置ラ・ムーの星を守り、レア・フィシリアたる者に託すこと。
 それが、歴代の女王の役目なのである。
 しかし、レア・フィシリアが無事に誕生して、役目を果たすことができる者は、わずかしかいない。レムリアは、自分がその役目を果たせる者であることに、改めて感慨を覚える。
「使い方は難しくはありません。あなたはただ祈ればいい。その祈りが宇宙の思惟に適えば、コスモエネルギーは解放され、願いは現実のものとなりましょう。」
 だが、そこまで言って、レムリアは顔を曇らせた。
「しかし、その強大なエネルギーは、生身の体に激しい衝撃を与えます。そのショックに耐えられない時には、生命の危険にさらされることもあり得るのです。」
 ラ・ムーの星を使うということは、レア・フィシリアにとって、必ずしも死を意味するものではない。だが、多くのレア・フィシリアたちが、解放された莫大なエネルギーの衝撃に耐えられず、時の流れの彼方に消え去って行ったのもまた事実なのである。
 メインスタッフの間に、声にならない動揺が広がった。
 ラ・ムーの星によって解放されるコスモエネルギーがどのようなものなのか、想像もつかないが、独が予想したように、それは途轍もなく強大なものになろう。波動砲さえ遥かに凌駕するかもしれない。
 その衝撃を、舞は一人で受けることになる。そんなことが、生身の人間に可能なのか? ラ・ムーの星は、舞にとっては両刃の剣なのだ。
 しかし、舞は、しっかりと顔を上げ、真っ直ぐにレムリアを見返した。その瞳に、既に迷いの色はない。
「いいえ。ハヤトの仲間のある限り、私は生き抜きます。必ず。」
 舞は、わずかに微笑んで、きっぱりと言い放った。舞の強さである。
 ハヤトと、そして、猛のある限り――。
 レムリアは頷いた。
「舞。あなたにラ・ムーの星を託します。無事にレア・フィシリアとしての務めを果たしてくださいますよう。」
 レムリアは、銀に輝く球体を舞の前に捧げると、膝を折った。
 誇り高いルーナンシアの女王が他者の前で膝を折ることがあるとしたら、それは、生涯にただ一度、この時だけ――。列席のルーナンシア人たちも一斉に平伏する。
 次の瞬間、ラ・ムーの星はレムリアの手を離れ、ゆっくり浮かび上がると、舞の頭上で柔らかな輝きを放った。その輝きを全身に浴びながら、舞は、玉座の上に飾られた絵を見つめていた。
 光る宇宙を少女が舞う――。
 今、舞は理解していた。
 それは、レア・フィシリアとしての己の姿である。いつの日か、自分もラ・ムーの星と共に、こうして宇宙を翔ぶだろう。
 そして、戦いは終わるのだ――。
「舞。私に許されているのは、ここまでです。後は、あなた自身が、道を選んでゆかなければなりません。いつ、どこで、何のためにラ・ムーの星を使うのか、それは、全てあなたが決めること……。」
 舞は頷いた。その澄み切った瞳がいじらしく、愛おしく、レムリアは、思わず手を延べて舞の肩を抱いた。
「あなたならきっと大丈夫です。いつも自分の信ずるままに、お行きなさい。」
 そして、猛に、沖田に、ハヤトの乗組員たち全てに、心で語り掛ける。
(舞を、二人を頼みます……。)
 レムリアは、舞のその健康な精神と、ハヤトの乗組員たちの人の繋がりを信じたい。
 銀に輝くラ・ムーの星と、数株のレアの花を新たに積んで、ハヤトはルーナンシアを旅立った。機影を遥かに見やりながら、ハヤトの未来をレムリアは祈る。

 ルーナンシア。
 限りなく豊かな、美しい愛の星。
 オレンジ色の太陽に守られた、青き宇宙の女王。
 ハヤトはアンドロメダへの旅を続ける。

 地球滅亡と言われる日まで、あと二百四十日。