ACT6 デイモス総統シーザス・レイ・ドリア

 銀河系を遠く離れたアンドロメダ星雲の太陽系ルキア。その五番目の惑星軌道に、デイモス星がある。
 デイモス星は、直径が地球の二倍ほどの惑星である。気圧が低いので多量の水分の大部分が雲になり、その温室効果によって温度が保たれている。
 厚い雲垂れ込む中、一際高くそびえ立つデイモス総統府。
 その一室で、多忙な執務の間に寸暇を得たデイモス総統シーザス・レイ・ドリアが、長身の身をゆったりとソファに沈め、惑星アンジェリス産の極上のワインを手に、寛いでいた。
「総統。」
 静かに呼び掛けて、隣室から入って来た者がある。
 デイモス副総統ラルア・シン・ガイア。デイモス星はシーザスの独裁下にあるため、副総統という肩書は単なる名目に過ぎず、ラルアには大した権限は与えられていない。しかし、ラルアはシーザスの性格を実によくわきまえ、常に誤りなくこれを補佐したので、重用されていた。人を不快にせず、かと言って媚びるでもないその性癖は、一種の才能だとシーザスは思っている。
「申し上げます。本日未明、銀河系の太陽系冥王星基地との音信が不通になりました。基地は全滅したものと考えられます。」
「何。」
 シーザスは不審げに眉をひそめた。
「冥王星基地が全滅だと? 何かの間違いではないのか。」
 それがあまりにも意外なことだったので、ラルアが不確かな情報などもたらすはずのないことを知っていながら、シーザスはそう問い返さずにはいられなかった。
「いいえ。確かな情報です。」
 ラルアの言はいつも簡潔であった。シーザスに、余計なことだ、と感じさせることを、未だかつて言ったことがない。
「ハヤト……、とか言ったな。地球の戦艦な。」
 シーザスはグラスを離すと、ラルアを見上げた。デイモスの総統を務めるほどだから、それほど若くはないはずのシーザスだが、鳶色の瞳が鮮烈な光を弾くその横顔は、まだ三十代にしか見えない。
「はい。」
「銀河へ遣ったのはヘルマスだったな。ヘルマスほどの者が戦艦一隻に倒されるとも思えないが……。」
 シーザスはグラスを置くと、瞳と同じ色の髪をかき上げた。その表情に大きな変化はない。
 彼にとって、冥王星一つの敗戦は大打撃ではないのだ。しかし、無視できるほど小さなことではない。
「どうやら、地球には、ティアリュオンのアルフェッカ様から援助があったようです。それ故なのか、ハヤトは、地球の艦として初めてワープに成功するなど、我がデイモスの戦艦並の力を持っているものと思われます。」
「コスモクリーナーか。アルフェッカも無駄なことを……。」
 ラルアの言葉にシーザスは小さく舌打ちし、もう何年も会っていない隣星の女王の姿を心に思い描いていた。
 豪華な金の髪に高貴な紫の瞳がよく映る、誇り高いティアリュオンの女王、アルフェッカ。宇宙でただ一人、シーザスの思惑に真っ向から反対し、星々にメッセージを送り続けている。よくぞ銀河系にまで、とシーザスは感嘆したが、その凄まじいまでの執念は、却って哀れに思われた。
 今までに、アルフェッカのメッセージを受けてここまでやって来られた船は一隻もない。デイモスの圧倒的な力に対抗できる者など、この宇宙には存在しないのである。だからこそ、シーザスもアルフェッカのすることを黙認して来たのだが、その援助を受けた艦に自軍が敗れたとあっては、放っておくわけには行かなかった。
(だが、ティアリュオンの援助があったからと言って、ただ一艦で我が艦隊を撃ち破ることなど、できるものだろうか?)
 シーザスは、慎重に首を傾げた。
 前にも述べたように、デイモスに敵を甘く見る習慣はない。シーザスは独裁者であり、宇宙制覇の野望を持った時点で独善的であると言えたが、決して力と恐怖だけで今の地位を築き上げて来たのではなかった。
 シーザスは、独裁者にありがちな猜疑心や嫉妬心の強い性格とは無縁であったし、己の力を絶対だと思い込むようなこともなかった。広大な領地を手に入れ、それを治めて行くためには、何より人を育て、よく使うことが重要であると考え、人の持つ能力を的確に見抜いて公明正大にこれを用いたので、部下たちは皆、彼に絶対の忠誠を誓った。他星にとっての侵略も、デイモスの繁栄を支えるためには必要不可欠なものであり、内政の充実と自身の質素な生活ぶりは、デイモスの人々の圧倒的な支持を得ている。
「冥王星基地周辺に設置した監視衛星から、記録が届いております。すぐにご覧になりますか?」
「うむ。見せろ。」
 ラルアが機器を操作すると、照明が落ち、ソファの前に設置された大型ビデオパネルに鮮明な画像が映し出された。
「ほう……。」
 シーザスは、まず、映し出されたコスモゼロの動きに目を奪われた。
 早い。速度が、ではない。攻撃を避け、射撃をする、そのタイミングが、全てこちらの予想よりもほんの一瞬早く、しかも的確なのだ。
 ハヤトの砲撃も同様である。そのほとんどが、相手が射程距離に入ると同時に驚異的な命中率で行われており、シーザスを感嘆させた。
 いずれにしても、かなりの力量を持った人物が艦を指揮しているのが感じられる。が、そのあまりの見事さは、まるで相手の次の行動を予測しているかのようだった。
(相手の次の行動を予測する……?)
 その言葉は、シーザスの中で大きな波紋となって広がった。
 確かに、この宇宙戦艦ハヤトは、地球のそれまでの物とは比較にならぬほどの大きな力を持っているようだ。ラルアの言うように、デイモスの戦艦と同等と言ってもよいかもしれない。だが、それだけで二十倍の相手に勝てるはずはない。これほどの働きができる部隊が、果たしてデイモス軍の中にあるだろうか?
「よい。」
「はっ。」
 ビデオがOFFになり、再び部屋が明るくなった。
「ハヤトは砲を何発撃った。」
「二十発です。」
 シーザスが問い掛けると、間髪入れずにラルアの答が返った。
「わずか二十発で、十七艦を撃沈か……。これまでもそうだったのか?」
「いいえ。地球軍はなかなかに訓練されていたらしく、命中率はかなりのものでしたが、それでも六十パーセントがせいぜいでしょう。無論、これまでは、地球側にこれほど威力のある砲はありませんでしたので、こちらの被害はほとんどありませんでした。」
「なるほどな……。」
 違い過ぎる。そして、それに対するには、ヘルマスでは常識的過ぎたのだ。しかし、その点こそがヘルマスの持ち味だったのだから、彼だけを責めてみるのは酷かもしれない。
 それにしても、ティアリュオンの援助があったとは言え、ほんの短期間のうちにこれほどの変化が起こった理由は何なのだろうか?
『イアラ』かもしれぬ――。
 シーザスの脳裏に、ふとその考えが閃いた。
「シェーンの帰還はいつになる。」
「はい。アルファロメオの陥落は十日前、シェーン・スカイリッパー・ハーケン将軍は四日後には凱旋の予定です。」
「うむ。下がってよい。」
「はっ。総統万歳!」
 挙手の礼をしてラルアが出て行くと、シーザスは、再びソファに身を沈めて、ワインを一口飲んだ。
 上品な甘味と共に、微かな苦みが舌に残る。
「イアラか。」
 シーザスは呟いた。その想像は、彼にとってこの上なく魅惑的である。
「宇宙戦艦ハヤト……。」
 シーザスは、もう一度口の中で繰り返した。その一瞬、冥王星基地が全滅したことは彼の脳裏から消えていた。

 ハヤトの後方に、アルファ・ケンタウリが輝いている。
「外装の修理を優先しろ。後は飛びながらやる!」
 修理現場で、独が怒鳴っている。技術部門の班員を総動員して、冥王星で戦った時の破損部分の修理をしているのだが、ハヤトの傷は思ったより深く、修理も意外に手間取って、もう二日目になろうとしていた。
 手持ち無沙汰の他のメインスタッフたちは、第二艦橋で待機していた。知らない者同士だった彼らも、今ではすっかり打ち解け、数々の作業を通して信頼で結ばれるようになっている。
 その第二艦橋では、生活班長の美央が、お茶の出張サービスをしていた。
「はい、どうぞ。猛くんにはホットミルクね。」
「ありがとう。」
 猛は、嬉しそうにそれを受け取った。
 美央が入れてくれるホットミルクは、とにかく美味しい。子供っぽく思えて一度はやめにしようと決意した猛だったが、その完璧なまでの美味しさにあっさりそれを撤回し、今はホットミルク党に徹しているのだった。
「で、どうだった? 涼たちの具合は。」
 コーヒーの香りを楽しみながら、飛翔が尋ねた。
 戦闘隊員の中には、アストロ・レオで出た時に負傷して、ホスピタルに入院している者もおり、猛は先刻、その見舞いに行って来たのである。
「ああ、幸い皆、怪我は大したことないんだが、逆に元気が良過ぎてな。俺まで佐渡先生にお小言を食らったよ。」
 ベッドに縛り付けられている、と言った方が適当な状態だった仲間たちの様子を思い出して、猛は苦笑した。
 何しろ、じっとしているのが一番性に合わない連中なのである。怪我が治り切りもしないうちに、そこら中歩き回るわ、果ては脱走を試みるわ、で、ホスピタル中がてんやわんやの大騒ぎになってしまい、見舞いに出掛けた猛は、病室というには騒々し過ぎるその部屋で、早速、
「ほんとにもう、皆大きな子供みたいで……。少しはおとなしくするように、隊長さんから言ってやってください。」
と美人の師長に嘆かれ、
「こりゃ、猛! お前さん、隊長としてもっと部下を教育せんか!」
と、佐渡に小言を食らう羽目になった。
「体が完全な状態になければ、満足の行く働きはできん! そんなことは常識じゃろうが。なのに、こいつらときたら全くわかっとらんのじゃからな。」
 佐渡は憤慨し、
「で、止むを得ずこういう仕儀になった。少々手荒いが、見せしめじゃ。」
と、澄ました顔で部屋の隅を指し示した。猛が視線を向けると、そこでは、副隊長の涼が文字通りベッドに縛り付けられて、じたばたしていた。
「猛〜!」
「涼……。お前何やってんだ……。」
 さすがに猛は呆れたが、佐渡の言うことはもっともである。敵はいつ現れるかわからないのだ。少しでも早く、完全な状態で復帰してもらわねば困る。そこで猛は、戦闘隊長の顔に戻って、治療に専心するよう厳しく言い渡して来たのだが、さてどの程度効果があっただろう。
「まぁ、あいつらにおとなしくしてろって言ってもなぁ……。」
 猛がぼやくと、
「そうねぇ、ベッドでおとなしくしてる涼くんたちなんて、想像つかないもの。」
と美央も笑った。
「舞と美央が見舞いに行けばいいんだよ。二人に『いい子にして早く良くなってね。』とでも言ってもらった方が、佐渡先生がどやしつけるより、よっぽど効き目があると思うな。」
 飛翔がそう一席ぶつと、舞が、
「あら、佐渡先生はともかく、ホスピタルには美人で優しい看護師さんがたくさんいるから大丈夫よ。唯子みたいな、ね。」
と混ぜ返した。唯子というのは、飛翔が地球に残して来ている婚約者の名である。
 飛翔の婚約者、花月唯子(かづきゆいこ)は、地球防衛軍の優秀な看護師で、舞と美央の共通の友人でもあった。外見はいかにもたおやかで控え目な印象だったが、芯は強く、大和撫子という言葉がそのままぴったり当てはまるような娘である。
 いきなり婚約者の名を出された飛翔は、怒ったような表情でフイ、と横を向いてしまった。愛する人の美しく可憐な面影が胸に蘇ったのであろう、その横顔の頬の辺りに微かに赤みが差している。
 それを見る仲間たちの顔に、言い合わせたように微笑みが浮かんだ。
 普段から言動が大人っぽく、とても同い年とは思えない飛翔も、この時ばかりは少年の顔に戻る。それが見たくて、皆、時々唯子の話を持ち出すのだが、もしハヤトが地球へ戻れなければ、二人は永遠に会うことができないのだから、そう気軽に冷やかしてばかりもいられない。
「それにしても、手間取っているようね。」
 艦窓から外へ視線を投げて、美央が言った。溶接の火花がそこここで揺れている。
「今、ハヤトはガタガタだからなぁ。こんなところを敵に襲われたら、ひとたまりもないな。」
 好物のココアを啜りながら、剛也が言った。何もしないでただ待つのは、苛々するものである。
「落ち着けよ、剛也。チーフパイロットがオタオタしてちゃ、それこそハヤトが持たないぞ。」
「技術班の連中が徹夜で頑張っているんだ。すぐ直るさ。」
 猛と飛翔が交々声を掛けた。だが、内心苛々と落ち着かない気持ちでいるのは、二人とて同じである。
 そんな少年たちを、麗は暖かい目で見守っている。
「宇宙へ出たら、カッカした方が負けよ。今は休むことね。先はまだまだ長いわ。」
 麗は、美央に入れてもらったばかりのコーヒーを飲みながら、そう言った。
 ややきついとも思われる顎の線と、多少赤っぽいが艶やかな短髪に、純白のイヤリングがよく映える。その美しい横顔を見ながら、剛也は心の中で溜め息をついた。
 どうしてこの人は、こうも人を魅了するのだろう――。
 同じ航海班のチーフとして、麗とは接する機会の多い剛也だったが、会うたびに自分の心がどんどん惹かれて行くのがわかる。恋と呼ぶには幼過ぎるその思いは、単なる憧れに属するものなのだろう、と剛也自身自覚している。だが、外見も言動も、癖で少し伸びた前髪をくるくると右手で弄ぶ、そんな仕種さえも、何もかもが剛也にはこの上なく魅力的だった。だから、彼はいつも人より一秒長く麗を見つめている。誰にもわからぬように。
 ただ一人、生活班長たる美央だけはしっかりそれに気付いているのだが、それは剛也の知るところではない。
「麗さんこそ、休まなくていいんですか。ここのところ寝てないんでしょう。」
「大丈夫。私は眠り溜めができるの。特技なのよ。」
 そう言って、麗はフフッと笑った。
 二日くらいの徹夜は平気でできる、というのが麗の特技だった。ただ徹夜するだけなら、できる者はいるかもしれない。平気でできる、というところがミソである。
『第二艦橋! こちら神宮寺。』
 その時、第二艦橋に独からの通信が入った。
「こちら第二艦橋。どうぞ、ミスター。」
 舞がモニターのスイッチを入れると、疲れて不機嫌そうな独の顔が浮かび上がった。
『第一班を休ませる。第二班を起こしてくれ。交替時刻は十時!』
「わかりました。第二班を起こします。」
「独? 調子はどう?」
 舞の後ろから覗き込むように麗が顔を出すと、途端に独の顔がわずかに和らぎ、それを見る剛也の顔にまともに嫉妬が浮かぶのを、飛翔は見て取った。飛翔は、こうした人間の感情を読むのに長けている。その点、猛の方はどちらかというと鈍感だ。
『どうも能率が悪くてね。参るよ。』
 独が素直に言った。
「疲れているのよ。独も休んだ方がいいわ。」
『なかなかそうも行かないだろう。じゃあ。』
「了解。頑張って。」
 短い通信が切れると、舞は、技術班の仮眠所へ通信を入れて、第二班の者を起こした。
 こういう役目は、飛翔よりも舞に向く。
「俺が起こしでもしてみろ。ぶつくさ言われて、たまったものじゃないよ。」
と飛翔は言って、快活に笑った。せめて寝覚めを良くしてやるのが、思いやりというものだろう。
「さすがのミスターも苛々しているようね。珍しいわ。」
 いつになく尖った独の口調を思い出しながら、舞が言った。
「無理もないよ。こう連日睡眠時間を削られちゃあね。」
 計器類の針がチラチラと揺れる様が、ハヤトも頑張っているのだということを皆に思わせる。
「さてと、そろそろパトロールの時間だ。行って来る。」
 ホットミルクを飲み干して、猛は立ち上がった。
「気をつけてね、猛さん。」
 その背中に舞が声を掛けた。
 舞は、ハヤトを出て行く者に対しては必ずこう言うのだが、それにしても、猛「さん」という呼び方には妙にくすぐったい響きがあった。
 舞は、剛也のことは剛也くん、と呼び、飛翔のことは飛翔、と呼ぶ。麗は全員呼び捨てだったし、美央は、猛と剛也はくん付けで、飛翔のことは飛翔、と呼んでいた。つまり「猛さん」という呼び方は、舞が猛を呼ぶ時だけの独特なものなのである。
 しかし、舞の方は意識せずに自然にそう呼んでしまうらしく、自分が猛だけをさん付けで呼んでいることに、全く気が付いていなかった。呼ぶ本人が気付いていないくらいだったから、傍で聞いていてこの違いに気付く者は少なく、呼ばれる猛でさえ、気付いたのはつい最近のことである。
 無論、さん付けだからと言って、よそよそしい響きは全くない。むしろ、その特別な響きが猛には快いくらいであった。
「ありがとう。でも、同じセリフをもう一度発進コールで聞きたいな。」
 猛が言うと、
「悪かったな。どうせ俺の発進コールなんて聞くもんじゃないよ。」
と、飛翔がどやしつけた。
 やはり、舞に「気をつけてね」と言ってもらう方が、飛翔が同じことを言うより、遙かに強く少年たちの生理に訴えるからだろう、舞が発進コールを担当した時の方が、訓練の成績もずっと良かった。そんな経緯もあって、今では、支障のない限り、舞が発進コールをやることになっている。
 振り返ると、言葉とは裏腹に飛翔の目は笑っていた。猛は笑い返し、格納庫へ向けて第二艦橋を出て行った。